ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

2021-01-01から1年間の記事一覧

アキノブさん 2

タカコさんはピアノの方を振り返って 『素敵な曲ね。楽しいメロディーだわ』 と言う。どうやら、この曲を知らないらしい。高校を卒業してタカコ先生の『彼氏』になり始めたばかりの頃に1度、カラオケに誘ってみたことがあるのだが『私、音痴だからカラオケ…

アキノブさん 1

タカコさんは窓側の席で、本を読みながら煙草を吸っていた。普段リビングで見るのとほとんど変わらない様子だ。時々、頬を緩ませる。ここからは見えないけれど、読んでいるのはたぶんマンガ本だろう。『遅くなってごめん。先に食べていたらよかったのに』 俺…

栞さんのボンボニエール 4

クリスマスが近づいている。店でも、いつも来てくださるお客さんたちに何か楽しいものをお届けしたい、ということで開店時間よりも早めに店に入って少しずつ準備を始めている。外はまだ、うす暗い。カラン、コロンとドアベルが鳴る。ミユキさんかな? と思っ…

ミユキさん 4

タケちゃんがお店に入って来た。 アイボリーのざっくりしたニットがよく似合っている。 『ミユキちゃん、ごめんね。お待たせしちゃって』 『よろしくてよ、王子さま。どうぞお座りになって』 『え? どうしてそれを』タケちゃんはママさんの方を振り返る。 …

ミユキさん 3

女性の2人連れが入ってくる。そして、私のテーブルの端に向かい合わせに座った。2人はお米のシフォンケーキにミルクティーとコーヒーをそれぞれに注文した。2人のやりとりが耳に入ってくる。『最近ね、うちの子が猫が欲しいって言っているの。それで、猫…

ミユキさん 2

言われてみると、確かにタケちゃんには『王子』と呼ばれる要素がないこともない。まずは、その語り口だ。静かでゆっくりしていて、時には女性的とさえ思える程の言葉を選ぶ。タケちゃんと話していると、自分が普段、いかに言葉に対して無頓着であるのかに気…

ミユキさん 1

お米のシフォンケーキ、と手描きのポスターが窓に貼られている。ここみたい。タケちゃんの姿はまだ見えない。喫茶店の経営に関わっている私がこんなことを思うのは、おかしいかもしれないけど、1人で喫茶店に来るのは苦手だ。だから、タケちゃんが着いたら…

栞さんのボンボニエール 3

おかげさまで、今日もランチセットが完売した。平日はごはんとお味噌汁のセットにすることが多い。鮭と舞茸のごはんに里芋のお味噌汁。それにブロッコリーのサラダを添える。午後からもお仕事、頑張ってくださいね!という思いを込めて。カラン、コロンとド…

リョウくん 4

食べかけのナポリタンにタバスコをかける。 秘伝のトマトソースはタバスコのパワフルな味にも、決して負けない。うまい。アサミが突然、きりだした。 『ねえねえ、一目ぼれってしたことある?』 その言葉に思わず咳き込む。 『リョウくん、タバスコ辛かった…

リョウくん 3

普段はそんなにお喋りではないリサが雄弁になるのは、飼い猫のシャルルの話をするときだ。 アサミが言うとおり確かに『おじさん』という年齢になった猫だけど、長毛種で気品のある顔をしている。リサがリボンをつけたくなる気持ちも、わからなくはない。俺は…

リョウくん 2

アサミはかぼちゃプリンを食べ終わると、何かを思い出したように、鞄を探り始めた。そして、小さな紙袋を取り出して言った。 『2人におみやげ。おいしそうな色だったから、クレヨン買っちゃった。この苺チョコみたいな色はリョウくんの。ピクルスみたいな色…

リョウくん 1

デッサン教室の近くに、昭和時代から続いている喫茶店がある。店の前のガラスケースにはカレーライスやクリームソーダの食品サンプルが飾られている。リサは2時に来ると言ってたから、それまで何か食べていよう。ナポリタンがおいしそうだ。大盛りのナポリ…

栞さんのボンボニエール 2

ジャムの空き瓶に100円玉を1枚入れる。それから、ハワイコナを淹れる。雨の日は、いつもとお客さまの顔ぶれが違う。伝票の束をチェックしながら、そう感じる。女性2人、ケーキセット2つ。女性1人、ツナサンドと深煎りモカ。初めてのお客さまで深煎りモカ…

アサミちゃん 4

先生は教科書をめくって、私の描いたパラパラマンガを見直している。 『ここからの展開が面白いわよね。アサミさんのセンス、私、好きだわ』 そこは部長とリョウくんでさえも素通りした場面だった。 『子どもの頃、家ではマンガを買うことが禁止されていてね…

アサミちゃん 3

先生は今まで食べた中では、この喫茶店のホットサンドが1番好きだと言う。学生時代にお友だちとよく行っていた喫茶店のものより『少しだけゴージャス』なのだそうだ。そして、この『少しだけ』というのがカギみたいだ。『私はこのお店では、バナナブレッド…

アサミちゃん 2

テーブルに置かれた本に目が止まる。さっきまで先生が読んでいたものだ。 『先生、その本すごくきれいですね』 先生は本を私の方に差し出した。手に取ると、見た目よりもずっと軽くて、なめらかな感触だった。子猫をそっと手のひらにのせたときの感じに似て…

アサミちゃん 1

絵の具もたくさんだと、けっこう重たい。まだ、なにを描くのかも決めてないのに、きれいな色を見つけると、つい、あれもこれもと買ってしまう。ドラマが始まるまで、まだ時間があるからココアを飲んで帰ろう。それに、あの絵にも久しぶりに会いたい。私の好…

栞さんのボンボニエール 1

お鍋の中ではたくさんの玉子が、ぐらぐらと踊っている。この仕事をするまで、1度にこんなにたくさんの玉子をゆでたことはなかった。サンドイッチ用の固ゆで玉子。あと、3分ぐらいで完璧なゆで加減になりそう。次はモップ掛けと、新聞と本の並べかえをして…

トモノリさん 4

玉子サンドの2つ目を取ると、猫の手が見えた。若手の陶芸家の絵皿『猫の手も借りたい』シリーズの1枚だ。この皿は12枚の連作になっているのだ、と栞さんが言っていた。カラン、コロンとまた、ドアベルが鳴る。 ハッとして、そちらに目を向ける。配達の青年…

トモノリさん 3

雑誌を持って、カウンターへ。栞さんは猫の形のスポンジで皿を洗っていた。 『ねえ、栞さん。この表紙の猫、山さんに似てない?』 『あー、そうか。山さんだ。この猫、どこかで見たことある。テレビだったかなー、って朝からずっと気になってたの。スッキリ…

トモノリさん 2

ドアベルがカラン、コロンと鳴って、女性の2人連れが入って来た。ねえ、この猫の傘立てかわいい。と早速この店の猫ポイントを発見している。まだまだ他にもあるのだよ、お嬢さんたち。どうぞ、ご堪能あれ!と、心の中で先輩風を吹かせる。ドアベルが鳴ると…

トモノリさん 1

オーナーが愛猫家だというこの店では、あちらこちらにさりげなく、猫の写真や小物が飾られている。水が入っているグラスはまるい紙製のコースターに載せられていて、そこにはまるくなって寝ている猫の絵がプリントされている。このコースターは、猫の姿やプ…

おかげさまで

トルコには『1杯のコーヒーは40年の友情に値する』という言葉があるそうです。確かに、コーヒーを飲んでいるときは心がふんわりと軽やかになるような気がします。そして、喫茶店で過ごす時間も特別な時間だと思っています。喫茶店では、ひとりでいても、だ…

ひさしぶりに聞きました

夏の暑さにも負けず、ネルドリップで丁寧に淹れたまろやかな熱いコーヒーを味わっていたときのことです。 『コーヒーフロート、ちょうだい』という年配の女性の声が聞こえてきました。コーヒーフロート、久しぶりに聞く言葉でした。アイスコーヒーの上に浮か…

金色の一片

飲み慣れている筈のいつものブレンドコーヒーが運ばれてきたとき、思わず歓声をあげそうになりました。カップに美しい『金継ぎ』がほどこされていたからです。よく晴れた南国の空を思わせる色味のカップの縁に小さな金色の一片が。いつもならすぐに飲み始め…

サンドの話

暑さが少しだけ落ち着いた午後に、ランドセルよりもかなり細身の小さな女の子たちとすれ違いました。くるくるとまわりながら、楽しそうにお喋りをしている様子を見ていると微笑ましいです。可愛らしい声が意外な言葉を放ちました。 『なつかしいよねー』 動…

変わらないもの

浮世絵が好きで、ときどき画集などを眺めます。 題材は数多あるにもかかわらず、茶店を描いたものに出会うと嬉しくなります。茶店は現代の喫茶店といえますよね。喫茶店でホッと一息つくのはいつの時代も一緒なのだなぁ。遠い時代の人たちに、親近感がわいて…

スーラの点描画をおもいながら

暦の上では夏になりましたね。 雨が降る日も多いこの頃、おひさまがお顔を見せてくれるとオープンテラスのカフェに行きたくなってしまいます。木やお花の名前はよく知らないのですが、小さな葉っぱの木がよく見える場所に座ってポットのコーヒーを注文します…

ハート型のものを

マドレーヌと言えば、貝のかたちをしたものが一般的だと思っていました。ところが、先日オフィスビルの中にある喫茶店で見つけたのは『ハート型のマドレーヌ』でした。バレンタインデーはもう過ぎてしまっています。どうやら、このお店ではこのかたちが普段…

付録の楽しみ

指折り数えながら待っていた雑誌の発売日。連載漫画が楽しみだったのは勿論なのですが、それ以上に『付録』が楽しみでした。レターセットにたくさんのシール、それからメモパッド。B5サイズのノートにペンケース…まるで文房具屋さんのようです。次の日は学校…