ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 8

ミユキさんはカウンターにずらりと並んだ箱を眺めて、溜息をついた。 『それにしても、この数は尋常じゃないわよね。よく、猫絡みのものをこれだけ集めたものだわ』 閉店時間後、食器を夏らしいものから、秋に似合うものに変更することに。この秋に使うお皿…

トモヨさん 4

お店の奥の方を見て、お兄ちゃんが小さな声で言う。『マリコさんが思っているのは、ああいう人かな?』その視線を辿ると女の人がひとり、老舗のものらしい万年筆を手に、ときどき微笑みを浮かべながら便箋に何かを綴っている。私たちは少しの間、その様子を…

トモヨさん 3

ミユキさんが『乙女』と評したこのお店の小ぶりな玉子サンドでは、お兄ちゃんのお腹は満たされていないようだ。視線に気付いたスタッフさんがオーダーを取りに来てくれた。フリルのついたエプロンが、とても似合っている人だな。 『ゴルゴンゾーラのホットサ…

トモヨさん 2

ミユキさんがお兄ちゃんの前に、3枚の名刺サイズの茶色いカードを並べる。 『手品でも始めるの?』 『違うわよ。トモノリさん、この3色の見分けがつけられる?』 『3色? みんな同じ色だよね?』 お兄ちゃんにとっての色の数は、小学校のときの24色の色鉛…

トモヨさん 1

今のマンションに住み始めてから、10年近くが経つけれど、側にこんなお店があったとは知らなかった。サンドイッチが美味しい喫茶店、コーヒーは自家焙煎だって。ミユキさんがお兄ちゃんに言う。 『まさか、トモノリさんにこんな乙女なお店に案内してもらえる…

ティピカちゃんねる 3

皆様、ごきげんよう。ティピカです。今頃の時期になると、人間たちは『夏休み』といってほんの数週間のあいだ仕事や学校から離れるようです。どうも、人間たちは私たち猫のようにゆったりとくつろぐことが上手ではないように思えてなりません。せめて『夏休…

タケオさん 4

ミユキちゃんは喫茶店に来ると、よく 『やっぱり、人に淹れてもらうコーヒーは美味しいわねぇ』 と目を細める。その表情はマリコ母さんが膝の上の猫を撫でているときの顔と、よく似ている。そんなミユキちゃんだって、マリコ母さんに『巻き込まれている』と…

タケオさん 3

ミユキちゃんの話によると、マリコ母さんは猫をテーマにした刺繍の展覧会を観るために、その町を訪れた。そして、会場になっていた小さなギャラリーの前で、濃いグレーの大きな猫が丸くなって寝ているのを見つけた。マリコ母さんには、その猫が『ごまのおは…

タケオさん 2

ミユキちゃんは僕のメロンショートケーキをじっと見て 『それも美味しそう。ピーチタルトと半分こずつしようよ』 と言った。僕は子どもの頃、両親の仕事の都合でミユキちゃんの家や他の親戚の家で過ごす時間の方が多かった。なので、ミユキちゃんと1つの料…

タケオさん 1

僕が紙袋を差し出すと、ミユキちゃんは目を丸くした。そして中のものを見ると大笑いし始めた。 『ミユキちゃん、声、大きいよ』 『だって、だって』 ミユキちゃんは涙を流して笑い続けている。他のテーブルのお客さんたちが何事だろう、とこちらを見ている。…

100本の花束をあなたに

モーニングのお客さんを皆さんお見送りした後、ドアに『本日貸切』の貼り紙を貼る。 テーブルを並べ変えて大きくつなげて、テーブルクロスを掛ける。『何だか、小学校のお楽しみ会を思い出すわね』 『ティッシュで作ったお花とか、紙テープの飾りが似合いそ…

カホコさん 4

先生は2杯目も『黒松ブレンド』にした。どんな味か気になるので、私も同じものにした。妹にだったら『ひとくち頂戴』と言えるのだけれどね。運ばれてきてすぐに、先生はコーヒーのカップを手にとった。そして、ひとくち飲んで美味しそうに微笑んだ。先生を…

カホコさん 3

タケオ先生が、美しい羊羹を口に運ぶ様子を眺める。先生は本当に所作がきれい。私もつられて、いつもよりもあんぱんを細かくちぎる。 『小豆とコーヒーって、意外と合うものですね。マメなもの同士、相性がいいのかな』小豆のお豆とコーヒーのお豆をかけた駄…

カホコさん 2

猫の貼り紙に見入っている先生の後ろ姿を、眺める。背筋がすらりと伸びていて、それでいながら柔和さも感じさせるような。迷子になってしまった猫を見つけるためのポスターなので、目立たないと意味がない。だけど、せめてあのオムライスのような色使いでは…

カホコさん 1

方向音痴の妹のおかげで、偶然みつけた住宅街の中の喫茶店。漆喰の壁に、障子、ぎらぎらしていない落ち着いた内装がとても気に入っている。お天気のよい日には、照明は点けずに障子越しのおひさまだけ。女友達とお喋りをするときには、絶対に選ばないお店だ…

ティピカちゃんねる 2

皆様、ごきげんよう。ティピカです。毎朝、店にコーヒーを飲みに来てくれる仲良しのお蕎麦屋さんの奥さんが帰ったので、私は松の木に登って町を眺めています。この松は相棒のジュンコが植えたもので、ここからの景色はなかなかによいものです。今頃はクロー…

サトルさん 4

モンブランの上にのった栗を一口で食べて、ミユキさんは言った。 『私たちが子どもの頃って、モンブランと言えば黄色い栗のペーストに黄色い栗がのっていましたよね』年齢不詳だと思っていたが、黄色いモンブランを知っている年代なんだな。 『そうそう、土…

サトルさん 3

ミユキさんのところは、ヨシコのようにサンダルでふらり、と来られるという距離ではない。飛行機を使っても、おかしくはないぐらいだ。ここはいわゆる観光名所というわけではないし、何かのイベントが行われている時期でもない。それに、遠いところまでわざ…

サトルさん 2

ヨシコが帰った後やや経って、サワコさんが入ってきた。長い髪をゆるやかに後ろで束ねて、袖を捲った白い麻のブラウスを着ている。 『サトルちゃん、こんにちは。おむすび、よかったら後で食べて』 砥部焼の皿には『おむすび』が3つ、きれいに並んでいた。…

サトルさん 1

サンダルにエプロンという気楽な恰好のままで、ヨシコが入ってきた。いくら隣同士とはいえ、エプロンぐらい外してきてもよさそうなものだ。『サトルちゃん、ホット』 『なんだ、おにぎり屋。暇そうだな』 『おにぎりじゃないわ。おむすびよ』 『どっちだって…

栞さんのボンボニエール 7

きょうのランチセットはどうしても、ひよこ豆のカレーにしたいと思った。どうしてなのか、誰かが食べたがっている気がしてならなかった。だけど、このメニューは男性のお客さんにはあまり人気がないみたい。めずらしくランチタイムに現れたトモノリさんにも…

ルリコちゃん 4

気がつくと、私はルリコさんが置き忘れていった本に読み耽っていた。後半のページの間から栞紐があらわれる。初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対してもその栞紐に絡まるようにして、この言葉が私の目の前にあらわれた。以前、リビングで本を読んでい…

ルリコちゃん 3

ルリコさんに話したいことが、たくさんあった。先週観た映画のこと、絹さやの玉子とじが思いのほか上手くできたこと、エレベーターで乗り合わせた同じマンションの猫に『シャー』と威嚇されたこと…こんな他愛もない話は、そばにいるからこそできる話だ。これ…

ルリコちゃん 2

マリコさんの淹れるカプチーノにはカップの表面ぎりぎりのところまで、ホイップしたクリームがのせられている。こぼさないようにそっと、シナモンスティックでかき混ぜる。ほのかな甘みにホッとする。私は秘かに『マリコ・スペシャル』と呼んでいた。カップ…

ルリコちゃん 1

ルリコさんが手紙をくれた。同封されていた可愛らしいポラロイド写真を、マリコさんにも見せたい。 『マリコさん、こんにちは』 『あら、ルリコちゃん、いらっしゃい。元気だった?』 マリコさんは切子のグラスを拭く手を止めて、私に声をかけてくれた。マリ…

ティピカちゃんねる 1

皆様、ごきげんよう。私の名前はティピカと申します。人間と暮らして10年以上が経ち、今ではどうにか人の言葉も理解できるようになりました。相棒のふとした気紛れで、住み慣れた土地から 蕎麦の名産地である、この町に移り住むようになりました。私の相棒の…

シュンスケくん 4

マスターのお姉さんが、俺たちのケーキを運んできてくれた。そして、アサミ先輩の爪の桜を褒めた。先輩はいつものほんわかした表情に戻っていて 『お姉さんも、やったら? 絶対、似合うと思うよ』 と言った。お姉さんも嬉しそうに 『あら、そうかしら? こん…

シュンスケくん 3

新聞を読んでいたサラリーマンの人たちが帰ってしまうと、お客さんは俺たちの他にはマスターよりも、かなり年上に見えるご夫婦らしい2人だけになっていた。オルゴールのBGMが似合う人たちだな、と思う。マスターがアサミ先輩を冗談とも本気とも取れるように…

シュンスケくん 2

マスターはアサミ先輩に『やっぱり、ブルーベリーよりも苺の方が合うだろうか?』などと相談していた。アサミ先輩は『このスコーンの色と形なら、苺の方がかわいいと思うなぁ』と、答えていた。マスターはメモを取りながら、聞いていた。そして、窓の外の猫…

シュンスケくん 1

アサミ先輩は店の前の食品サンプルが飾られているガラスケースの前にしゃがんで、猫を撫でていた。俺に気づくと、大きく手を振る。 『すみません。遅くなっちゃって』 『だいじょうぶだよー。まだ5分しか過ぎてないし。この子と遊んでたから平気だよ。じゃ…