ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

カホコさん 2

猫の貼り紙に見入っている先生の後ろ姿を、眺める。背筋がすらりと伸びていて、それでいながら柔和さも感じさせるような。迷子になってしまった猫を見つけるためのポスターなので、目立たないと意味がない。だけど、せめてあのオムライスのような色使いでは…

カホコさん 1

方向音痴の妹のおかげで、偶然みつけた住宅街の中の喫茶店。漆喰の壁に、障子、ぎらぎらしていない落ち着いた内装がとても気に入っている。お天気のよい日には、照明は点けずに障子越しのおひさまだけ。女友達とお喋りをするときには、絶対に選ばないお店だ…

ティピカちゃんねる 2

皆様、ごきげんよう。ティピカです。毎朝、店にコーヒーを飲みに来てくれる仲良しのお蕎麦屋さんの奥さんが帰ったので、私は松の木に登って町を眺めています。この松は相棒のジュンコが植えたもので、ここからの景色はなかなかによいものです。今頃はクロー…

サトルさん 4

モンブランの上にのった栗を一口で食べて、ミユキさんは言った。 『私たちが子どもの頃って、モンブランと言えば黄色い栗のペーストに黄色い栗がのっていましたよね』年齢不詳だと思っていたが、黄色いモンブランを知っている年代なんだな。 『そうそう、土…

サトルさん 3

ミユキさんのところは、ヨシコのようにサンダルでふらり、と来られるという距離ではない。飛行機を使っても、おかしくはないぐらいだ。ここはいわゆる観光名所というわけではないし、何かのイベントが行われている時期でもない。それに、遠いところまでわざ…

サトルさん 2

ヨシコが帰った後やや経って、サワコさんが入ってきた。長い髪をゆるやかに後ろで束ねて、袖を捲った白い麻のブラウスを着ている。 『サトルちゃん、こんにちは。おむすび、よかったら後で食べて』 砥部焼の皿には『おむすび』が3つ、きれいに並んでいた。…

サトルさん 1

サンダルにエプロンという気楽な恰好のままで、ヨシコが入ってきた。いくら隣同士とはいえ、エプロンぐらい外してきてもよさそうなものだ。『サトルちゃん、ホット』 『なんだ、おにぎり屋。暇そうだな』 『おにぎりじゃないわ。おむすびよ』 『どっちだって…

栞さんのボンボニエール 7

きょうのランチセットはどうしても、ひよこ豆のカレーにしたいと思った。どうしてなのか、誰かが食べたがっている気がしてならなかった。だけど、このメニューは男性のお客さんにはあまり人気がないみたい。めずらしくランチタイムに現れたトモノリさんにも…

ルリコちゃん 4

気がつくと、私はルリコさんが置き忘れていった本に読み耽っていた。後半のページの間から栞紐があらわれる。初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対してもその栞紐に絡まるようにして、この言葉が私の目の前にあらわれた。以前、リビングで本を読んでい…

ルリコちゃん 3

ルリコさんに話したいことが、たくさんあった。先週観た映画のこと、絹さやの玉子とじが思いのほか上手くできたこと、エレベーターで乗り合わせた同じマンションの猫に『シャー』と威嚇されたこと…こんな他愛もない話は、そばにいるからこそできる話だ。これ…

ルリコちゃん 2

マリコさんの淹れるカプチーノにはカップの表面ぎりぎりのところまで、ホイップしたクリームがのせられている。こぼさないようにそっと、シナモンスティックでかき混ぜる。ほのかな甘みにホッとする。私は秘かに『マリコ・スペシャル』と呼んでいた。カップ…

ルリコちゃん 1

ルリコさんが手紙をくれた。同封されていた可愛らしいポラロイド写真を、マリコさんにも見せたい。 『マリコさん、こんにちは』 『あら、ルリコちゃん、いらっしゃい。元気だった?』 マリコさんは切子のグラスを拭く手を止めて、私に声をかけてくれた。マリ…

ティピカちゃんねる 1

皆様、ごきげんよう。私の名前はティピカと申します。人間と暮らして10年以上が経ち、今ではどうにか人の言葉も理解できるようになりました。相棒のふとした気紛れで、住み慣れた土地から 蕎麦の名産地である、この町に移り住むようになりました。私の相棒の…

シュンスケくん 4

マスターのお姉さんが、俺たちのケーキを運んできてくれた。そして、アサミ先輩の爪の桜を褒めた。先輩はいつものほんわかした表情に戻っていて 『お姉さんも、やったら? 絶対、似合うと思うよ』 と言った。お姉さんも嬉しそうに 『あら、そうかしら? こん…

シュンスケくん 3

新聞を読んでいたサラリーマンの人たちが帰ってしまうと、お客さんは俺たちの他にはマスターよりも、かなり年上に見えるご夫婦らしい2人だけになっていた。オルゴールのBGMが似合う人たちだな、と思う。マスターがアサミ先輩を冗談とも本気とも取れるように…

シュンスケくん 2

マスターはアサミ先輩に『やっぱり、ブルーベリーよりも苺の方が合うだろうか?』などと相談していた。アサミ先輩は『このスコーンの色と形なら、苺の方がかわいいと思うなぁ』と、答えていた。マスターはメモを取りながら、聞いていた。そして、窓の外の猫…

シュンスケくん 1

アサミ先輩は店の前の食品サンプルが飾られているガラスケースの前にしゃがんで、猫を撫でていた。俺に気づくと、大きく手を振る。 『すみません。遅くなっちゃって』 『だいじょうぶだよー。まだ5分しか過ぎてないし。この子と遊んでたから平気だよ。じゃ…

栞さんのボンボニエール 6

お仕事の帰りに寄ってくださったお客さんをお見送りして、一段落。そろそろ閉店の時間だ。 きょうは朝から忙しかった。朝1番に、店の電話が鳴る。チサトさんからだった。前に話していたかぎしっぽの猫ちゃんを保護したという。すぐに携帯に動画が送られてき…

イネコさん 4

ティピカさんはお父さんの膝の上で、すっかりと寛いでいた。ときどき喉をゴロゴロと鳴らしている。お父さんはブルーマウンテンを2杯飲み終えると、腕時計に目をやって 『今からゆっくり歩いて行ったら、次の汽車に乗れそうだな』 とつぶやいた。ママがカウ…

イネコさん 3

映画の悪役のような男の人がかがんで両手を差し伸べると、ティピカさんはひょいとその腕の中に入っていった。私にはそのとき、ティピカさんが『オトーチャン』と言ったように聞こえた。 ティピカさんは嬉しそうに、何度も何度も男の人の肩に頭をすり寄せてい…

イネコさん 2

私のおばあちゃんは、この店をとても気に入っている。ずっと住んでいた場所の喫茶店のコーヒーを思い出すそうだ。都会でのひとり暮らしの方が性にあっていたが、ひとり息子が年寄り扱いして自分の側に呼び寄せたのだ。父はおばあちゃんと同居したかったよう…

イネコさん 1

重たい木のドアを押すと、ドアベルがやさしい音を立てる。 『いらっしゃい』 ママがアルトの声で迎えてくれる。きょうはまだ、誰も来ていない。ママの声を合図のように猫がカウンターから、するりと現れる。私はカウンターの奥から3番目の席に座る。カウン…

栞さんのボンボニエール 5

雪のせいか、お客さんが少ない。にもかかわらず、トモノリさんの指定席には女性3人のグループが。やれやれ、という表情でカウンター席に座ったトモノリさんの目が訴えてくる。 『栞さーん、他のテーブルみんな空いてるのに何で僕の席だけ? ねえねえ』 ごは…

アキノブさん 4

女の子がピアノを弾き終わると、タカコさんはまたマンガ本を読み始めた。金髪の彼が水を注ぎに来てくれたので、またコーヒーを追加した。彼はエプロンに挿してあるボールペンを取るのに、もそもそとしていた。やたらと背の高い彼は黙っていたら、人に威圧感…

アキノブさん 3

金髪の彼が、たくさんのフルーツと生クリームが添えられたプリンをタカコさんの前にガタンと音を立てて、置いた。そしてコーヒーの茶碗と受け皿をカチャカチャいわせながら、俺の前に置いた。彼がカウンターに戻ったのを確認してから、俺たちは運ばれてきた…

アキノブさん 2

タカコさんはピアノの方を振り返って 『素敵な曲ね。楽しいメロディーだわ』 と言う。どうやら、この曲を知らないらしい。高校を卒業してタカコ先生の『彼氏』になり始めたばかりの頃に1度、カラオケに誘ってみたことがあるのだが『私、音痴だからカラオケ…

アキノブさん 1

タカコさんは窓側の席で、本を読みながら煙草を吸っていた。普段リビングで見るのとほとんど変わらない様子だ。時々、頬を緩ませる。ここからは見えないけれど、読んでいるのはたぶんマンガ本だろう。『遅くなってごめん。先に食べていたらよかったのに』 俺…

栞さんのボンボニエール 4

クリスマスが近づいている。店でも、いつも来てくださるお客さんたちに何か楽しいものをお届けしたい、ということで開店時間よりも早めに店に入って少しずつ準備を始めている。外はまだ、うす暗い。カラン、コロンとドアベルが鳴る。ミユキさんかな? と思っ…

ミユキさん 4

タケちゃんがお店に入って来た。 アイボリーのざっくりしたニットがよく似合っている。 『ミユキちゃん、ごめんね。お待たせしちゃって』 『よろしくてよ、王子さま。どうぞお座りになって』 『え? どうしてそれを』タケちゃんはママさんの方を振り返る。 …

ミユキさん 3

女性の2人連れが入ってくる。そして、私のテーブルの端に向かい合わせに座った。2人はお米のシフォンケーキにミルクティーとコーヒーをそれぞれに注文した。2人のやりとりが耳に入ってくる。『最近ね、うちの子が猫が欲しいって言っているの。それで、猫…