ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ミユキさん 3

女性の2人連れが入ってくる。そして、私のテーブルの端に向かい合わせに座った。2人はお米のシフォンケーキにミルクティーとコーヒーをそれぞれに注文した。2人のやりとりが耳に入ってくる。

『最近ね、うちの子が猫が欲しいって言っているの。それで、猫ぐらしの先輩のお話を聞かせてもらいたいと思って』
『どんな子がいい?』
『私、犬しか飼ったことないから、猫のことはよくわからないの。でもね、うちの子が結構お転婆だから、それに付き合ってくれそうな猫ちゃんだと助かるわ』
『だったら、少しおとなの猫が合うかもしれないわね。ペットショップだと子猫しかいないけど、保護猫だったら色々いるから。うちの子もそうだったのよ。キャットレスキューっていう施設があるの。そこだったら、親身に相談にのってくれると思うわ』

キャットレスキュー! チサトおばちゃんのところじゃないの。世間って狭いわ。馴染みの深い名前が出てきたので、つい、聞き耳を立てる。

『そこの代表の方はね、猫を譲り受けてからも何かと気にかけてくれて、お願いすると猫のケアもしに来てくれるの。気のせいかもしれないけど、猫の言葉がわかっているように見えてね。アドバイスされたことをしてあげると、猫がどんどん元気になるのよ』

そう、私もずっとそう思っていた。チサトおばちゃんは絶対に、猫たちと会話している。
『チサトが遊びに来ると、猫たちが本当に嬉しそう。チサトにだけは、こっそり秘密の話をしているみたい』
ママもよく、こう言っている。

『ここから、そんなに遠くないのよ。帰りに寄ってみる?』
『いいわね。行ってみたいわ』
私も久しぶりにチサトおばちゃんに会いたい。だけど、知らない人たちに便乗するわけにはいかないし。
だから、心の中で『チサトおばちゃんによろしくお伝えくださいね』と言う。


ここのお店のコーヒーはブラジルのようだ。うちのブラジルよりも浅めに焙煎している。ママには怒られるかもしれないけど、私はこっちの方が好きだ。

茶店にひとりでいるのが苦手なのは、同業者がスパイに来ていると思われたらどうしよう、と自意識過剰になってしまうからだ。だけど、こうして『お客さん』になると、改めて人に淹れてもらったコーヒーの美味しさが身にしみる。

ひとり暮らしの人、家族の中でもいつも『つくる側』の人。そういう皆さんのために、私も一杯ずつ心を込めて淹れないとね。ふと、初心を思い出す。タケちゃん、素敵なお店を教えてくれてありがとうね。

また携帯が鳴る。タケちゃんだ。私がまだお店にいると知って、驚いている。
『ミユキちゃん、よくお店に残っていたね。居心地いいでしょ? 今、生徒さんが帰ったところだよ。僕もやっぱりシフォンケーキ食べたいから、行こうかな。あと15分ぐらい待てそう?』

私は王子を待つために、コーヒーをおかわりすることにした。

ママさんがブラジルを運んで来てくれた。
『タケちゃん、やっぱりこれから来るそうです。どうしても、シフォンケーキをいただきたいみたいで』
『まあ、嬉しいこと』

気がつくとお店の中は、ママさんと私だけになっていた。さっき猫の話をしていたお2人さんは今ごろチサトおばちゃんのところにいるのかもしれない。猫ちゃんとのよい出会いがありますように!

『カウンター席にいた彼女もね、タケオ先生の大ファンなんですよ。もう少し待ってたら、会えたのに』

タケちゃんのファンは幅広いのね。モテている割には、普段まわりに女の人がいない。ママと私、それに栞ちゃんぐらい。昔は『独身貴族』という言葉が使われていたけど、タケちゃんはその典型だと思う。王子というあだ名はやっぱり、しっくり来るようだ。