ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ミユキさん 1

お米のシフォンケーキ、と手描きのポスターが窓に貼られている。ここみたい。タケちゃんの姿はまだ見えない。喫茶店の経営に関わっている私がこんなことを思うのは、おかしいかもしれないけど、1人で喫茶店に来るのは苦手だ。だから、タケちゃんが着いたら一緒に入ろう。

携帯が鳴る。
『あ、タケちゃん? 今、お店の前にいるけど』
タケちゃんは申し訳なさそうな声で急に生徒さんが来ることになったから、行けなくなったと言った。
『僕から誘っておいて、ごめんね。生徒さんがクリスマスまでに、どうしても家族全員分のマフラーを仕上げたいから、今から教えてほしいって』

タケちゃんは私と同い年のいとこで、編み物の先生をしている。
『ミユキちゃんは僕が行かないと、お店に入らないで帰っちゃうかもしれないけど、お米のシフォンケーキ、おいしいから絶対食べてみて。じゃ、また電話するね』

お見通しだ。タケちゃんが来ないと言った時点で私の足はもう駅の方に向かっていた。だけど、ここは『絶対食べてみて』というタケちゃんの言葉に従ってみようか。

お店の方に引き返して、恐る恐るドアを開ける。
カシミアのニットを着た柔らかい雰囲気の年配の女性がにこやかに迎えてくれる。カウンター席とそれぞれ10人以上は座れそうな大きなテーブル席が2つ。お店の中は陽当たりがよくて、明るい。

カウンターの端の席では、制服姿のどこかの会社の事務員さんらしい女性が編み針を動かしている。モスグリーンの毛糸。恋人へのクリスマスプレゼントなのかも。タケちゃんの生徒さんの話を聞いたばかりなので、つい、そんな想像をする。最近は手編みのプレゼントなどあまり聞かなくなったけど、誰かを思いながら編み物をしている人の姿は見ていても心が和む。

ビニールのケースに手書きのメニューが入っている。お米のシフォンケーキ(ドリンク付き)
ホットコーヒー、アイスコーヒー、紅茶(ミルク、レモン)メニューに書かれているのはこれだけだった。

ずいぶんと、あっさりしている。うちの店はママの趣味の延長だから、コストのことなどお構いなしで、好きな物をぎゅうぎゅう詰めにしてある。例えば、店のあちこちに置いてある猫グッズ。メニューにしても、このお店のような潔さがない。ママが美味しいと感じたものを何でも出している。店長の栞ちゃんはママと趣味が合っているから、とことんまで付き合ってくれている。

タケちゃんはシフォンケーキにかこつけて、このお店の様子を見せたかったのかな? そう思ってしまうほど、うちとは対照的だ。

ケーキとホットコーヒーが運ばれて来る。食器も白い無地で、いたってシンプルだ。なぜか、ほっとする。
『お客様、素敵なショールですね』
私が今、羽織っているショールは10年ほど前にタケちゃんが編んでくれたものだ。凝ったお花のモチーフを合わせたもので、完成まで3か月かかったらしい。

お店の女性の柔らかさに、つい、タケちゃんの話をしてしまう。
『もしかして、いとこさんと仰るのは、タケオ王子のことじゃありませんか?』

タケちゃんに熱烈なファンがいることは人づてに聞いてはいたけど、まさか王子呼ばわりする人に会うとは思っていなかった。