ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

アサミちゃん 2

テーブルに置かれた本に目が止まる。さっきまで先生が読んでいたものだ。
『先生、その本すごくきれいですね』
先生は本を私の方に差し出した。手に取ると、見た目よりもずっと軽くて、なめらかな感触だった。子猫をそっと手のひらにのせたときの感じに似ていた。

吾輩は猫である』今、授業でやっている
『こころ』を書いた人の作品だ。小学校の図書室にあったのを借りたことがある。漢字とわからない言葉が多くて、全部は読めないまま返してしまったことしか覚えていない。

『友だちが働いているお店のオーナーさんが自分でデザインして、製本したらしいわ。それを送ってくれたものなの』

表紙では、猫が立派な椅子の上に丸くなって薄目を開けている。中の紙もおひさまをたっぷりと浴びたような柔らかいクリーム色だ。デザインした人はきっと、やさしい人なのだろうな。

先生は毎年、授業で『こころ』を読む時期になると、なぜかこの『吾輩は猫である』が読みたくなるのだと言う。学生の頃には文庫本を何冊も買い直す程に、繰り返し読んだのだそうだ。

『この作品はね、夏目漱石が1905年に…あ、つい、授業みたいになっちゃうわね。ねえ、アサミさん、少しお腹すかない? ホットサンド、追加するから半分こしましょうよ』


運ばれてきたホットサンドのお皿の隅には、小さなきゅうりのピクルスが3つ添えられていた。
『あ、ピクルスおいしそう!』
先生はクスクス笑って
『ホットサンドよりも、ピクルスに目が行ってしまうのね。3つとも、食べていいわよ』
と言った。そして、続けた。
『この本を送ってくれた友だちもね、メインのお料理に負けないくらい、添えてあるお野菜が好きなの。お刺身のつま、とかね。彼女もピクルス大好きなのよ。栞ちゃん、元気かしら』

先生はコーヒーをひとくち飲んでから、ホットサンドを手に取った。私は遠慮なく、ピクルスを3つ食べた。

先生のお友だちの栞さんは、喫茶店の店長をしているらしい。卒業してからはなかなか会えていないけれど、お互いの誕生日には今でも必ず連絡をし合っているのだそうだ。

『私が高校の頃には、ひとつのクラスの人数が40人以上もいたわ。そのたくさんの人たちの中で、ずっと友だちでいられる人と出会えたのは、本当にすごいことなのよね』

私は先生の話を聞きながら、部長とリョウくんの顔を思い浮かべていた。