ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 4

クリスマスが近づいている。店でも、いつも来てくださるお客さんたちに何か楽しいものをお届けしたい、ということで開店時間よりも早めに店に入って少しずつ準備を始めている。外はまだ、うす暗い。

カラン、コロンとドアベルが鳴る。ミユキさんかな? と思ったけど、違うみたい。入口の側に置いてある大きなクリスマスツリーのかげから
『にゃあー!』
という声がして、スコティッシュフォールドの編みぐるみが顔を覗かせる。それに続いて、モスグリーンのマフラーをふわりと巻いたタケオさんがクリスマスツリーの後ろから現れた。
栞ちゃん、おはよう』

ときどき、見た目からは想像できないことをする人だ。黙っていると、一昔前のアイドルみたいなのに。
『タケオさん、今日はずいぶん早いですね』
『今週から、開店前にクリスマス用の飾り付けをするってミユキちゃんから聞いたよ』
タケオさんは手に大きな紙袋を提げている。
『これ、差し入れ。あと、こっちはボンボニエールさんのごはんだよ』

バウムクーヘンと、きれいなリボンのかかった袋に入った飴。タケオさんは編み物の先生をしているだけあって、女性うけのよさそうな物を選んでくれる。私の入れておいたコンビニで買ったのど飴より、タケオさんの飴の方が、このボンボニエールにはよく似合う。バウムクーヘンはミユキさんが来たら、早速いただこう。

ミユキさんがかけ込んで来た。ドアベルが激しく揺れて、けたたましく鳴っている。
栞ちゃん、ごめん! 寝坊しちゃった』
ミユキさんのコートにはクリーニングのタグが付いたままになっていた。
『急がなくても、よかったのに』
『だって、栞ちゃんは開店準備もあるし。あらタケちゃん、どうしたの?』
マリコ母さんから、オーダーが入ってね。ほら』

大きな紙袋からは、猫の手のかたちのミトン、猫の耳が付いたニット帽、編みぐるみなどが次々とあらわれた。
『お客さんへのクリスマスプレゼントだって。ラッピングは任せるって言ってたよ』

マリコさんは相変わらず、太っ腹だ。タケオさんのニット作品は普通に買うと、それなりの値段にはなる。最近は店に立つことはないけれど、お客さんを好きな気持ちは持ち続けているのが伝わってくる。
『このスコティッシュフォールドの編みぐるみは、ぜひトモノリさんに渡して欲しいって』

編みぐるみの顔をよく見ると、少しだけ気が弱そうなところがトモノリさんによく似ている。
ミユキさんと私は顔を見合わせて、同時に
『トモノリさんだ!』
と言った。
タケオさんは少し、ホッとしたように
『わかって貰えてよかった。トモノリさんの顔を思い浮かべながらデザインしてみたんだ』
と満足そうな表情をした。

それぞれの作品のラッピングのイメージが決まるとミユキさんは
『一段落したから、コーヒー飲もうか』とカウンターに入った。
『遅れたおわびに、きょうは私に淹れさせて。何がいい?』
と言いながら、いつものジャムの空き瓶に100円玉を3つ入れた。この壜は、ミユキさんと私がコーヒーを飲む時に100円玉を入れて、貯まったらチサトさんの保護猫団体にお渡ししているものだった。

タケオさんの差し入れのバウムクーヘンとミユキさんの淹れてくれたコーヒーで、ホッと一息。早朝の静けさが心地よい。朝が弱いミユキさんはまだ少し、眠たそうだ。だけど、コーヒーの味は流石にプロだな。マリコさん、ミユキさん、タケオさん、やっぱり親族なんだな。どことなく、似たところが感じられる。好きなことに対してまっすぐなところとか。

ふと、しばらく会えていない兄のことを思い出した。クリスマスに電話でもしてみようかな。よく、私のボンボニエールから飴をこっそりと食べていたっけ。それでよく、喧嘩をしていた。喧嘩の後で、兄が自分の夕飯のおかずのコロッケを1つだけ私の皿にのせてくれて、仲直りが成立したものだ。私たちは食いしん坊なところが似ているのかも。そして、食いしん坊の私はおいしいバウムクーヘンのおかわりをしよう。ミユキさんは眠たそうな笑顔でバウムクーヘンを大きく切り分けてくれた。