ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ミユキさん 4

タケちゃんがお店に入って来た。
アイボリーのざっくりしたニットがよく似合っている。
『ミユキちゃん、ごめんね。お待たせしちゃって』
『よろしくてよ、王子さま。どうぞお座りになって』
『え? どうしてそれを』

タケちゃんはママさんの方を振り返る。
ママさんはニヤリと笑った。
『まいったなぁ。僕はその呼び名は本当に、勘弁して欲しいよ』
そう言って、タケちゃんは肩をすくめた。

『ごめん、ごめん。もう言わない。お休みなのに、生徒さんが来てたいへんだったわね。お疲れさま』
『たいせつなご家族へのプレゼントだからね、僕も何とかしようっていう気になるよ』

タケちゃんに続いて、サラリーマン風の男性が1人、それから制服姿の女子高校生が3人、小学生の男の子を連れた女性がお店に入って来る。

うちの店でも、あるお客さんが来ると同時に店が活気づく、ということがよくある。木曜の午後に来てくれるショートヘアを金髪に染めた女性。いつも窓側の席でミルクティーを飲む。このお店にとってはタケちゃんがそういう存在なのかもしれない。

タケちゃんがクリームをたっぷりとのせて、シフォンケーキをおいしそうに食べているのを見ていたら、私ももう1つ食べたくなってきた。
『ミユキちゃん、ケーキが気に入ったみたいだね。お米だと言われないと、わからないでしょう?』
『何だか、優しくて懐かしい味よね。それに、この食器のシンプルさが妙に心地よくて』
私がそう言うと、タケちゃんはクスッと笑った。

マリコ母さんの世界とは、正反対だって言いたいみたいだね』
『わかってるなぁ、タケちゃんは。この間もね、また猫グッズが送られて来たのよ。おままごとに使うようなテーブルでしょ、それからスコティッシュフォールドの抱き枕、それにワイングラス。ママは私の部屋を自分の倉庫だとでも思っているのかしらね?』
『あはは、そうかも。だけど、マリコ母さんの好きな物に対する正直さは、見事だと思うよ。猫って、そういうところない? マリコ母さんは性格が猫に近いのかもしれないね』

なるほど。ママを猫だと思えば、あの大量の猫グッズにも目をつむることができるのかもしれない。確かに、あの気ままさは猫のようだ。だけど、やっぱりこのお店の徹底的な無駄のなさはとても、居心地がいい。

『僕もね、何か新作を編もうとするとき必ず、ここに来ることにしているよ。うっかりすると、作品が凝り過ぎて、普段使いしにくいものになっちゃってね。そのショールも、合わせる服を選ぶでしょう?』
『そうね。でも私、これとっても好きなのよ』
『ありがとう。だけど、お客様には決してお手頃というわけではない僕の作品を買っていただくわけだから、フル活用してもらえるようにしないと…と思うよ。ここに来ると、必要最小限とはどういうことかを思い出せる気がして』

お米のシフォンケーキの2つめを食べながら、優しいなかにも、なにかしっかりとした芯のようなものを感じていた。やっぱり、タケちゃんと似ている気がした。