絵の具もたくさんだと、けっこう重たい。まだ、なにを描くのかも決めてないのに、きれいな色を見つけると、つい、あれもこれもと買ってしまう。
ドラマが始まるまで、まだ時間があるからココアを飲んで帰ろう。それに、あの絵にも久しぶりに会いたい。
私の好きな絵が飾ってあるのは、奥の席だ。あまり背の高くない木と草とお花が生い茂った森の絵。きっと、あの木の後ろには丸いめがねをかけたうさぎがいるはず。
絵のそばの席には、もう人が座っていた。スーツを着た女の人が脚を組んで、本を読みながらたばこを吸っている。他に絵が見やすそうな席は…とさがしていると、女の人がふと顔を上げた。目があった。
あれ、タカコ先生?
先生は私に気づくと、目を見開いて、咳き込んだ。そして少し躊躇ってから、手招きをした。
『アサミさん、お家、この近くなの?』
『いいえ、画材を買って来ました。その帰りです』
『そうか、美術部だものね』
テーブルの上には、吸い殻がいっぱいの灰皿と、コーヒーが半分ぐらいになったカップが置かれていた。
『どう、すわらない?』
『じゃあ、失礼します』
『ここなら、学校から離れているから、知っている人に会わないだろうと思っていたけど』
先生はバツが悪そうに、テーブルの上のたばことライターをポーチにしまった。
『先生がたばこ吸っても悪くない、と私は思います』
『ありがとう。でもね、皆には駄目だと言わなくてはならないでしょ? だから学校にいるときは吸わないのよ』
お店の人がお水とメニューを持ってきた。温かいココアを注文した。
『美術部はもうすぐ、展覧会ね。忙しいでしょ?』
私たちの部では、毎年、近隣の高校と合同の展覧会を開催している。
『部長は他の学校の部長さんたちとの打ち合わせが始まって、大変みたいです。それ以外は作品にかかるまでは、そんなに』
だから、こうして喫茶店で寄り道できるのだ。私は心の中で部長に投げキスをした。
『アサミさんの去年の絵、観せてもらったのよ。あのぶどう畑の絵。端の方に描いてあるぶどうが、ひと粒だけハートの形をしていたわね。それがとても、印象に残っているの』
驚いた。先生、私の絵をものすごく丁寧に観てくれている。