ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

リョウくん 1

デッサン教室の近くに、昭和時代から続いている喫茶店がある。店の前のガラスケースにはカレーライスやクリームソーダ食品サンプルが飾られている。リサは2時に来ると言ってたから、それまで何か食べていよう。ナポリタンがおいしそうだ。

大盛りのナポリタンとアイスコーヒーが運ばれてきた。粉チーズをたくさんかけて、さあ、食べよう。家で食べるよりもケチャップが甘い。これが秘伝の味、というやつなのかもしれない。

予定より、だいぶん早くリサが入ってきた。アサミも一緒だ。アサミは俺を見つけると
『よぉ』
と、片手をあげた。
リサは何も言わないで、ニコッとした。前に兄ちゃんと姉ちゃんと観た『存在の耐えられない軽さ』のサビナ役の女優に少し似ていると思う。


『あ、リョウくんまた食べてる。さっきコロッケパン食べてたのに。よく食べるねえ』
おいおい、お前が言うのか? アサミだって俺に引けを取らないぐらい、たくさん食べる。本当においしそうに食べる。料理の付け合わせみたいなものまで、食べる。サンドイッチのピクルスなんかは人の分まで食べる。

お店のおかみさんらしき人が、注文を聞きに来た。アサミはフレンチトーストとかぼちゃプリンとココアを、リサはマドレーヌとコーヒーをそれぞれに注文した。

リサはすぐに本題に入った。毎年、秋に開催される高校美術部展の作品についてだ。
『今回はね、くじ引きで広い場所がもらえたの。だから、2年生にはみんなよりも多く描いてほしいと思って』
『さすがは部長、くじ引き強いものねえ』
『先輩や1年生の意見は聞かないのか?』
『うん、先輩たちは受験があるから、ひとり1点が精いっぱいだと思うの。1年生は人数が多いし、まだ作品づくりに慣れていないようだから、まずは1点仕上げることを目標にしてもらうわ』


リサの言い分は筋が通っていると思う。部長として、俺たちをうまく纏めてくれている。だけど、リサにも鈍感なところがある。1年生の大半は元々、絵が描きたかったのではない、ということをわかっていない。あいつらは、リサが目当てで入部してきただけだった。だから絵の具の扱い方なんかは全く知らなかった。

それでも、その中の3人ぐらいは絵を描く楽しさに気が付き始めたようにも見える。きっかけはどうあれ、そういう後輩が増えるのはやっぱり嬉しい。
『1年生でも、シュンスケなんかは、結構おもしろいもの描いていると思うけど。何なら、俺の枚数減らしても、あいつに出品させてやりたいな』
『リョウちゃんが、そこまで言うのは珍しいわね。じゃあシュンスケくんにも聞いてみようか』

俺たちが展覧会の話をしている間にアサミはもう、フレンチトーストを食べ終えていた。絶対、アサミの方が大食いだ。