雑誌を持って、カウンターへ。栞さんは猫の形のスポンジで皿を洗っていた。
『ねえ、栞さん。この表紙の猫、山さんに似てない?』
『あー、そうか。山さんだ。この猫、どこかで見たことある。テレビだったかなー、って朝からずっと気になってたの。スッキリしたわ』
やっぱり似ている。そう思うのは私だけではないようだ。ジュンコさんにも見せたいな。いや、もう見ているかもしれない。
ジュンコさんなら、きっとこう言うだろう。
『そうね、似ている。でも、お父さんの方がちょっとだけダンディーよ』
私は本棚に雑誌を戻し、今度は新聞を手に取った。
『玉子サンドと、それから、ブルーマウンテンももらおうかな』
栞さんは一瞬、え? という表情をしたが、合点がいったようで、恭しく
『かしこまりました』
と言った。
新聞には写真コンテストの優秀作品が掲載されていた。猫くらぶでも、休日にはよく猫の写真撮影に出掛けた。3人で歩いていると、しょっちゅう親子に間違えられた。父と姉と弟。そう見えたらしい。敢えて訂正はしないことにしていた。
『この写真、応募して賞金もらえたら、猫島に連れて行ってあげるよ』
私はよく、そんなことを2人に言っていた。
結局それは果たせなかった。猫たちがカメラの前でじっとしているわけなど、ないのだから。
『お待ちどおさま』
この店でブルーマウンテンを飲むのは初めてかもしれない。口に含んだ途端に、よく日の当たる縁側で昼寝をしている猫のイメージが浮かんだ。
山さんはいつも『上司の特権だ』と笑いながら、ブルーマウンテンを2杯ずつ飲んでいた。
ジュンコさんのお気に入りは深煎りモカだった。
店の奥の4人がけのテーブルでは学生風のカップルが壁に飾られてある猫のイラストを背景にして、お互いを撮り合っていた。楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
妻と知り合ったばかりの頃、何度かこの店に誘おうかと思ったことがある。しかし、話しぶりから彼女が猫よりも犬の方が好きだということ、コーヒーは飲まないということが窺えた。なので、ここに一緒に来るのは断念した。
妻が初めて作ってくれた朝食はイングリッシュマフィンと紅茶、という組み合わせだった。
ご飯と味噌汁で育ってきた私はそのとき、新しい生活が始まったのだな、と思った。
10年経った今も、我が家の朝は紅茶とともに始まる。妻がキッチンで紅茶の支度を始めると、犬が尻尾を振って足元にじゃれつく。我が家では犬までもが紅茶党なのだ。
息子はどこで覚えてきたものか、腕をぐっと伸ばして高い位置からポットの紅茶を注いでいる。妻はそれを目を細めて眺めている。
コーヒー党の私が毎朝、紅茶を飲み続けていられるのは、彼らの楽しげな様子という『お茶請け』があるからに他ならない。