ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 2

ジャムの空き瓶に100円玉を1枚入れる。それから、ハワイコナを淹れる。雨の日は、いつもとお客さまの顔ぶれが違う。伝票の束をチェックしながら、そう感じる。

女性2人、ケーキセット2つ。女性1人、ツナサンドと深煎りモカ。初めてのお客さまで深煎りモカを注文してくださる方は少ない。深煎りモカで思い出すのは、トモノリさんだ。毎回2杯は飲んでくれる。私がここで働く前からのお得意さまだ。

雨の日はあたたかいココアの注文が、普段よりも多い。いつもはアイスコーヒーの植木屋さんのお兄さんも、飲んでいた。
『雨が降ると、木が嬉しそうに見えるよ。だけど俺は寒くなったから、あたたかいものにしようかな。ココアがいいな。家じゃ飲まないから』
お兄さんは、友だちのことを話すように木の話をしてくれる。このあいだは、店の観葉植物に合うというお水を教えてくれた。


ハワイコナを飲みながら、ボンボニエールを開けて、アーモンドチョコを1つ。そして、もう1つ。

栞ちゃん、お疲れさま』
ミユキさんが手に茶色の大きな紙袋を提げて入ってきた。
『あー、重たかった。これ、またママが送ってきたのよ。家に置けないから、持ってきたわ』
紙袋から出てきたのは、猫の顔の形をした天板の小さな木のテーブルだった。
『おままごとの道具みたいよね。おとなが使うにはちょっとサイズが合わないと思うの』
『すごくきれいな飴色ね。いかにもマリコさんが好きそうな』
『そうなのよ。自分の家に置くならともかく、私の所に送ってくるから』
マリコさんの所も、もう置くスペースがないのよね。きっと』
『それなのに、好みの猫グッズを見つけたら、買わずにいられないのよ。ママは』
ミユキさんは呆れたように笑う。

『今、コーヒー淹れるね』
『いいわよ、自分で淹れるから。栞ちゃんは伝票やってて』
マリコさんはジャムの空き瓶に100円玉を入れると、ミルクを温めてコロンビアを挽き始めた。
『寒いとミルクが恋しくなるわ』
『わかるわ。きょうはお客さまも、ココアが多かったもの』
ミユキさんは猫の絵のついた大きなマグカップにカフェオレを注いだ。
『そう言えば、このカップもママのお土産だわ。オジサンっぽい顔の猫よね。好きだけど』
『私も同じの貰ったわ。確かニューヨークに行ったときのよね。家で甘酒を飲むときに使ってるの』
『ママも最近は海外には行かなくなったわ。日本の作家のものが欲しいらしいの』


マリコさんはこの店のオーナーで、あちこち旅行しながら猫グッズを探し求めている。最近では、若手の職人さんたちにオリジナルのグッズを作ってもらうことにも積極的だ。ミユキさんの話によると、このテーブルも旅先で知り合った美大生がつくったものらしい。この作品のタイトルは『そこに君がいるだけで』なのだそうだ。
『これ、絶対トモノリさんが好きそうね』
『あー、そうかも。じゃあ、トモノリさんの席の近くに置こうか』
マリコさんは小さなテーブルを窓側のトモノリさんがいつも座る席の方に運んだ。
『トモノリさん、喜んでくれるといいな』

ミユキさんは大仕事をした後のようにどっかりと私の横に座った。
『ミユキさん、チョコは?』
ボンボニエールをミユキさんに差し出す。
『ありがとう。この赤いのは?』
『それ、アーモンドチョコよ』
ミユキさんはチョコの包み紙をあれこれ折って
『ハート型の折り方って、どうだったかしら? 忘れちゃったわ。学生の頃、授業中に友だちにメモを回すときによくやったわよね』
と言った。

同じ世代だと、やることも似ている。私もよく、授業中にタカコやユリとメモのやり取りをした。先生に見つからないように、ずいぶんタイミングを待ったのを覚えている。


栞ちゃん、伝票整理たいへんだったらレジ変えるけど?』
『いいわよ。伝票を見ながら、お客さまとした話を思い出したりして、結構楽しいから。そう言えば、この前トモノリさんが、マリコさんのチーズケーキまたやって欲しいって言ってたわよ』
『最近、なかなかこっちに手伝いに来られないものね。栞ちゃん、お休み少なくなってごめんね』
『だいじょうぶよ、ここでの仕事は趣味でもあるから』
『ママが聞いたら泣いてよろこびそうな名言ね。まったく、栞ちゃんには頭が下がるわ』

カッコつけているわけじゃなく、本当にそうなのだから、仕方がない。ここに来るお客さまは皆、気さくで優しい人たちばかりだ。そして、マリコさんお見立ての愛嬌たっぷりの猫グッズたちとコーヒーの匂い。好きなものに囲まれながら、仕事ができるのだから幸せ者だ。

新入りの猫テーブルを見て、トモノリさんが、どんな反応をするのかも、今からとても楽しみだ。
きっと、気に入ってくれるだろう。