ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

深煎りのコーヒーよりも苦い?

いつもより鞄が膨らんでいるのは、着替え用のワンピースと靴とお化粧道具が入っているからです。
髪型はいつものポニーテールではなくて、三つ編みにしてあります。これで、苦手な数学の時間を抜け出すための準備は万端です。

下校時間よりも、かなり早い時間のバスはお客さんもあまり乗っていません。街中に着くとすぐに、制服からワンピースに着替えます。鞄に無理やり押し込んでいた靴は、学生のお小遣いで買ったハイヒールで、足が痛くなってしまいます。そして、三つ編みの髪を解くと緩いウェーブのかかった髪になります。お化粧道具を取り出して不器用にお化粧をして、鏡で全体を眺めます。
『授業を抜けてきた学生には、見えないよね』

行き先は、オフィス街の喫茶店です。そこで、ただ軽く食事をしてお茶を飲むだけなのですが、何だかとてもホッとします。喫茶店に避難したような思いです。

『そろそろ、数学始まった頃だろうな』
『方程式とか、図形の問題とか、全くわからない』
そんなことを思いながら、読みかけの本を取り出します。


茶店でゆっくり過ごし、お会計をして外に出ます。お金を払って、お釣りをもらう。数学はこれだけで充分。

数学との距離感は、数十年たった今でもあまり変わっていません。ですが、たかだか授業を抜け出すために着替えまで用意していたなんて、呆れるような、笑いたくなるような気持ちです。

以前、何かで『数学は詩に似ている』という言葉を目にしました。この言葉の本当の意味を理解できた時には、少しだけ数学との距離が近くなるのかもしれません。


その喫茶店は、今は違う喫茶店に変わっています。ですが、いつも心のふるさとに戻るような懐かしい気持ちでお店で1番深煎りのブレンドコーヒーを注文しています。