ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 23

タケオさんがカウンターの上の編みぐるみの猫ちゃんを手のひらに載せて、ぼんやりと眺めている。その横顔をトモノリさんが不思議そうに眺めている。 『トモノリさん、お待たせしました。きょうのランチです』 『ありがとう、栞ちゃん。きのこごはん、美味しそうだな』 きのこごはんという言葉で、タケオさんの視線が猫ちゃんからトモノリさんのお茶碗にうつる。 『きのこ…』 とつぶやいて、カフェオレをひとくち飲む。 『そうか、きのこ。きのこもありかも』 『タケオさん、さっきからどうしたの?』 トモノリさんが聞く。 タケオさんは編みぐるみの猫ちゃんをトモノリさんの方に向けて、話し始めた。 『タケちゃんは今、僕たちが登場する物語を想像しているところにゃ』 『どういうことにゃ?』 と、トモノリさんも調子を合わせる。 タケオさんはまた、カフェオレをひとくち飲んで、今度は普段どおりの口調で続けた。ある童話作家さんが『一緒に作品を作りたい』という話を持ちかけてきたという。 『前回の僕の本を見て、ご連絡をくださったんだ。たまには自費出版で好きなように作るつもりで、僕の作品に物語を添えた写真集のような本にしたいらしいよ。だから、猫の編みぐるみとそれに合うような小物を作って欲しい、というお話をいただいたんだ』 前回のタケオさんの本はいつものような『セーターの編み方』のようなものではなく、ニット作家としての原点になった『猫ちゃんの編みぐるみ』 を中心に作品への想いや、普段の生活、これからの活動に対しての抱負などを語った『タケオ先生ファン必見の本』だった。 『それで、僕は猫たちが暮らす島をニットで表現することになったんだよ。その中に、きのこがあっても可愛らしいかな、と思って』 『なるほどにゃー』 と、トモノリさんが相槌を打つ。そして、お茶碗を差し出して 『栞ちゃん、きのこごはんのおかわり貰ってもいい?』 という。自分の夜食にもしようと、かなり多めに仕込んでおいたから、おかわりは十分にある。 『どうぞ、どうぞ』 トモノリさんからお茶碗を受け取りながら、タケオさんが子どもの頃、自分のお気に入りのお茶碗に『チャーリー』という名前をつけていた、という話を思い出した。 タケオさんは擬人化するのが好きなようだ。私のボンボニエールのことも『ボンボニエールさん』と言って、差し入れに飴やチョコレートを持ってきてくれる時も『ボンボニエールさんにもおみやげだよ』という言葉を添えてくれる。きょうも『ボンボニエールさん』にラム酒のチョコレートをくれた。タケオさんの擬人法を聞いていると、何だかやさしい気持ちになってくる。その感性が童話作家さんにも届いたんじゃないかしら。どんな本になるのか楽しみだわ。 トモノリさんがランチの後のコーヒーを飲みながら、聞いている。 『その本って、僕たちも買えるの?』 『買うだなんて、僕から贈らせてもらうよ』 『タケオ先生のサインもしてくれるのかにゃ?』 今度はトモノリさんも猫ちゃんの編みぐるみをタケオさんに向けて言う。タケオさんも猫ちゃんをトモノリさんに向けて言う。 『タレントさんじゃないから、サインは勘弁してほしいにゃー』 『そこを、にゃんとか!』 『サインじゃなく、メッセージなら書けるにゃ』 『楽しみにしてるにゃ』 2人は暫く編みぐるみの猫ちゃんを手に『にゃーにゃー』言い合っていた。 『さあ、そろそろ仕事だ』 と、トモノリさんが伸びをする。会社では経理課長さんなのよね。このギャップを見たら、会社の女の子たちはどう思うかしら。『課長、かわいい』って言うかしら? 編みぐるみの猫ちゃんが『それはどうかにゃー?』と言っているような気がした。