ランチタイムの後、ちょっと一息。午後のお客さんが来るまで座ってコーヒーを。ジャムの空き瓶に100円玉を入れて『栗の町ブレンド』を挽く。これはメニューには載せていない。会ったことはないけれど、マリコさんのお店の店長をしているサトルさん特製のブレンドだ。賄い用にと、ミユキさんが買っている。
マリコさんは店長の個性に合わせて、色々なタイプの喫茶店を経営している。サトルさんのところは全部、自家焙煎にしているようだ。私がまかせていただいているこの店は、猫ちゃんをモチーフにした手仕事であふれている。
サトルさん、いただきます。『栗の町ブレンド』すっかり、私たちのお気に入りですよ。
カラン、コロンとドアベルが鳴る。ショートカットの小柄な女性が、そっと入って来る。トモヨさんだ。
『いらっしゃいませ』
『栞さん、こんにちは。兄がいつもお世話になっています。仕事で近くまで来たので、お邪魔します』
『こちらこそ、お世話になってます。トモノリさんのお席になさいますか?』
『カウンターでも構いませんか?』
『どうぞ、どうぞ』
『シナモントーストと…あ、嬉しい。ウィンナコーヒーがあるんですね』
『トモヨさん、素敵な色のニットですね。栗の渋皮みたいな』
『兄に買わせました。冬のボーナスが出たら、同じ色のコートもおねだりしようと思っています』
そう言って、猫ちゃんがおやつを狙うような顔をした。
私にも兄がいるけど、2歳しか離れていないので、誕生日にプレゼントをし合うことはあっても、おねだりしたことはない『しょうがないなぁ』なんて言いながら、満更でもなさそうなトモノリさんの様子が目に浮かんで微笑ましい気持ちになる。
『お2人、仲良しで素敵だわ』
『えー? それほどでも、ないですよ』
トモヨさんはウィンナコーヒーに、クリームを足す。
『このスプーン、かわいいですね。猫の手の形が』
『猫の手も借りたい、っていうシリーズ作品なんですよ。お皿とお揃いになってます。12月には、このシリーズをたくさん使うんですよ』
『兄の会社も忙しいみたいですね。最近、なかなかつかまらなくて』
トモノリさんは、お仕事が忙しいわけではない。最近、ある『お楽しみ』が増えたからだ。だけど、そのことは黙っていてあげよう。
『栞さん、すみませんが、兄が来たら渡していただけませんか?』
小さなキャンバスに、アクリル絵の具で描いた猫ちゃん。シナモン色の縞模様が可愛い。さすが、プロのイラストレーター。
トモヨさんと入れ替わりで、午後のお客さんたちが。猫ちゃんの手、貸して欲しいかも。2ホールの苺タルトが売り切れ。女性のグループが多かったわね。
食器を洗って、一息ついていると、ドアベルが鳴ってトモノリさんが。いつもの指定席には座らずに、カウンターに座る。さっき、トモヨさんが座っていた席。やっぱり仲良しだわ。
『え、トモヨ来たの? まったく、いつも黙って僕のテリトリーに。ひと声かけてくれたら、一緒に来るのに』
トモノリさんも、トモヨさんとお話ししたかったのね。
『トモヨさんに、おみやげいただいちゃった』
ボンボニエールからラム酒のチョコを2粒、いつもの深煎りモカに添える。
『バウムクーヘンも、くださったの。一緒にいただきましょうよ』
猫の手シリーズのトレーに、バウムクーヘンを載せる。好物を口に運びながら、トモノリさんの『おのろけ』が始まる。
『フクスケくんがね、前足ふみふみして、スリスリしてくれたんだよー』
トモノリさんは最近、看板猫のフクスケくんに会いに、マサヨさんの文房具屋さんに通い詰めている。その帰り、ここに立ち寄ってフクスケくんとの余韻に浸る。目尻をさげて猫ちゃんの話をしているときは、会社の経理課長さんの顔はどこかに行っている。トモヨさんからお預かりした絵は、もう少し後でお渡ししよう。
『それでね、それでね、フクスケくんのかぎしっぽがね』
大人の男の人までも魅了する猫ちゃんのパワー、見事だわ。この店の中にあるものも、みんな猫ちゃんの魅力が生み出したものなのよね。
私の兄の家にも、猫ちゃんがいる。ごはんをあげる回数が少ない兄には、あまり懐いてはいない。兄がソファで新聞を読むと、邪魔をしに行く。だけど、同じソファで兄がコーヒーを飲むときは邪魔をしないというのだから、不思議だ。コーヒー好きの兄にも、サトルさん特製の『栗の町ブレンド』を送ろうか。トモノリさん兄妹の仲良しぶりを見ていて、そう思う。