サトルさんとモンブラン 15
ヨシコが大きく伸びをした。それを見て、マドカちゃんが笑って言う。
『ヨシコさんの伸び、うちのクリタロウとそっくり』
『そう?』
『ほら』
と、マドカちゃんが携帯の中の『愛猫クリタロウ』の写真を見せている。ヨシコはよく伸びをする。『肩に力が入っていたら、美味しいおむすび作れないからね』と、ずいぶん前に言っていたことを思い出す。
猫のような柔らかさかどうかはともかく、ヨシコは動きが敏捷ではある。元文学青年の俺は、どうも運動不足になりがちだ。せめて、猫を見習ってストレッチでもしてみようか。
『マドカちゃん、俺にもクリタロウ、見せてくれない?』
『サトルさんが、めずらしいですね。はい、どうぞ』
クリタロウは全力で伸びをしている。あのしなやかさは伸びの効果でもあるんだろうか? 俺も真似して伸びをしてみる。奥のテーブルのお客さんと目が合う。失礼しました。お客さんはクスッと笑って
『店長さん、モンブランください。お腹が空いてきたわ』
と言った。いい人でよかった。テーブルの上には手作りと思われる布製のカバーがかかった本が1冊。白髪の感じからして、うちのお袋さんと同年代だろうか。
『推理小説なの。犯人がわかるまで、おじゃましていてもいいかしら?』
そう言って、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。チャーミングな方だな。
『どうぞ、どうぞ。ごゆっくり』
『ありがとう』
俺が学生の頃に書いた推理小説が、家の押し入れに仕舞い込んである。この方ならすぐに犯人を言い当ててしまうだろうな。
『サトルちゃん、ホットおかわり』
『なんだ、きょうはずいぶんゆっくりしているな』
『姉さんがゆっくりしていらっしゃいって』
ヨシコはそう言って、また伸びをした。マドカちゃんがその様子をにこにこと眺めている。
奥のテーブルでも、お客さんが伸びをしている。犯人がわかったのかもしれないな。水をつぎ足しに行く。
『意外な展開だったわ。1番おとなしくて、人のよさそうな紳士が犯人だったの』
『猫をかぶっていたんですね』
『コーヒー、もう1杯いただける? この展開、ひと仕事したような気分だわ』
俺がコーヒーを淹れている様子をマドカちゃんがじっと見ている。
『サトルさんのコーヒーを淹れているときの顔って、クリタロウがタッくんと遊んでいるときの顔にそっくり』
何かの本で『女は恋人に似ているものを敏感に見つけ出す』というような言葉を見たことがある。マドカちゃん、クリタロウにメロメロだな。マドカちゃんのハートを盗んだ犯人はクリタロウだ。なんて、陳腐な言葉が頭をよぎった。俺、作家にならなくて正解だよな、と改めて思った。