ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サトルさんとモンブラン 14

ガラガラと引き戸が鳴る。ヨシコだと思っていたら、違った。いつも来てくれる宅配便とは違う会社の配達の人だった。 『こちらに印鑑かサインをお願いします』 えーと、ハンコ…ともたついていると、ポケットからボールペンを差し出してくれた。 『すみませんね。お借りします』 モンブランの限定品だ。もし、この持ち主が配達の途中じゃないなら、筆記用具談義に花を咲かせたいところなのだが。 『ご苦労さまです』 彼の背中を見ながら、今度は仕事じゃなく、コーヒーを飲みに来てくれるといいな、と思う。 差出人は、トオルだった。この前、物産展の商品を探しにこの町に出張に来た。開けてみると、中には若い女の子が黄色い声を上げそうな『カワイイ』箱のマカロンと手紙が入っていた。 サトルの協力のおかげで、物産展は前年比132%の売上だった、と。いや、俺ではなくて、おまえの努力の成果だろう。日本では、うちの百貨店でしか扱っていないマカロンを送るから食べてくれ、と。他には近況や家にいる猫のことなんかが、中学の頃と変わらない右あがりで少しだけ、ねじれた文字で綴られていた。 カラカラと引き戸が鳴って、タツオが入ってくる。 『サトルさーん、お疲れさまでーす。モンブランのおかわりの到着でーす!』 新栗のこの時期、タツオはいつもに増して張りきっている。 『おう、ありがとう。今、ちょっといいか?』 珍しいものらしいマカロンタツオにも、と箱を見せる。 『うわー、マジですかー?』 若い女の子だけじゃなく、お兄ちゃんまで黄色い声にさせるのか、このマカロンというやつは。 『これ、日本じゃなかなか手に入らないやつなんですよー。どうしたんですかー?』 『百貨店のバイヤーやってる同級生がいてさ。好きなの選べよ。マドカちゃんのぶんも』 『わー、どれにしようかなー』 タツオはうちの奥方さまが宝石を選ぶときと同じ顔になっている。流石、洋菓子職人だ。トオルにもタツオのこの表情を見せてやりたい。 新栗のこの時期、マドカちゃんがなかなかの視聴者数を持つ『猫のクリタロウ動画』で栗農家の様子も発信している。その影響もあってか、明らかに他県からのお客さんがこの店に来てくれることがあった。それ以来、俺の『栗の町ブレンド』も地方発送する件数が増えてきた。その電話注文を受けていると、引き戸が鳴る。ガラガラの元祖、ヨシコだ。やっぱり、オリジナルは響きが違う。 俺が電話をしているのに気づくと、おとなしく椅子に座る。そして、珍しく新聞なんかを眺めている。 『おう、待たせたな』 『お疲れ。サトルちゃん、ホット』 『マカロンあるけど、食うか?』 ヨシコにも、箱を見せる。 『ありがとう』 と、ひとつ取る。普段どおりの声だ。俺と同い年のおばさんが黄色い声で『カワイイー』なんて言う筈はないよな。 『あ、このマカロン、美味しいね』 『そうだろ?』 箱には関心が向かなかったようだ。 『なに読んでたんだ? おまえ、新聞なんていつもは読まないだろ?』 ヨシコの顔がパッと輝く。よくぞ、聞いてくれた、といったところか。 『ほら、この記事。うちで使っている塩の職人さんなのよぉー。いい表情してるでしょ? この塩あってこそのブリジットのおむすびなのよねー』 と言って、ほれぼれと眺める。おにぎり屋のおばさんが黄色い声になるのは、こっちだったか。 確かに、真剣に仕事をしている人の顔は心に響いてくる。俺が見ても、かっこいい。毎日のように食べているヨシコのおにぎりだけど、たくさんの人の仕事に支えられているんだよな。なんて今更ながら思う。海を越えて届いたマカロンを送ってくれたトオルにも、モンブランで『愛を込めて』手紙を書こう。