ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 22

マサヨさんがお店のエプロンに、カーディガンを羽織った姿で入ってくる。マサヨさんと一緒に入ってくる風も、夜になると冷たい。秋だな、と思う瞬間だ。 『栞ちゃん、お待たせ。遅い時間に悪いわね』 『そんな、わざわざ持ってきてくれて、ありがとう』 ボールペンの替芯を注文していて、それが入荷したのだ。夜になってもいいなら、届けてあげる、という言葉に甘えてしまった。 『配達という大義名分を使って、コーヒーを飲みに行きたいだけだろ? って息子に言われちゃったわよ。まあ、そのとおりなんだけどね』 息子さんは今、専門学校の学生さんだ。かぎしっぽのフクスケくんが来るまではお店の手伝いを『お小遣い稼ぎ』としか思っていなかったようなのだが、最近は 『文房具屋のおやじっていうのも、悪くないかもしれないな』 とお店を継ぐ意欲を見せてくれているという。マサヨさんはずっと、息子さんが自分の好きな道に進むといい、と思っていたそうだが、大好きなおばあちゃんが始めたお店を継いでもらえるなら、嬉しい筈だ。かぎしっぽの猫ちゃんは幸せを運んできてくれる、というけれど、これもフクスケくんの『かぎしっぽ効果』なのかも。 『お隣の栗かのこ、美味しそうだったから買ってきたわ』 文房具屋さんのお隣はお菓子屋さんだ。マサヨさんのお父さんの同級生がやっている。どこか懐かしい雰囲気のクッキーや、貝ではなくて菊の形のマドレーヌ、お大福、おまんじゅう、そういった昭和時代っぽい『おやつ』の中に時々、お茶席にも似合いそうなお菓子が登場する。 『マサヨさん、このお菓子に合うブレンドがあるんだけど、どう?』 マサヨさんはミルクたっぷりのブラジルがお気に入りなんだけど、このお菓子にはサトルさんの『栗の町ブレンド』の方が合いそうだ。 『いいわね。じゃあ、それにしようか』 『了解』 『おじさんはね、高校の茶道部の生徒さんのことを思って作ったらしいわ。これで1個200円よ。デパートだったら500円は超えるようなお菓子よね』 『お抹茶のためのお菓子だったのね』 ふと、ボンボニエールの中の抹茶チョコを思い出す。新栗をふんだんに使った栗かのこ。ほっこりとしていて、とても美味しい。 『想像以上だわ。おじさん、やるわね。それに、このブレンド、初めて飲んだけど本当に栗と合うわね。私、これ好きだわ。あんことも合いそう』 気に入ってもらえて、よかったわ。だけど、このお菓子にはやっぱりお抹茶が1番合いそう。野暮を承知で聞いてみる。 『抹茶チョコなら、あるんだけど…』 『あはは、いいわね』 ボンボニエールから、抹茶チョコを2つずつ。甘いものが続くと、塩気のものも食べたくなる。 『新米のおかきもあるわよ』 食欲の秋、おばさん2人は栗かのこをこんな風にいただいているけれども、茶道部の生徒さんたちはきっと、秋のお花を愛でながらこのお菓子を食べているのよね。 マサヨさんがこんなことを言う。 『おじさんが言うのよ。フクちゃんが来てから、うちの店もお客さんが増えた、って。フクちゃんに会いに来た人たちが、うちの店にも寄ってくれるって。栞ちゃん、フクちゃんを紹介してくれて、ありがとうね』 そして、頭を下げる。 『いやだわ、そんな改まって』 『あら、私だってたまには真面目になるのよ』 和敬清寂、という言葉が頭に浮かんだ。栗かのこと抹茶チョコの影響なのかもしれない。