ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 12

最近、ケイタくんはミユキさんが休みのときでも、よく来るようになった。『マリコさんの会社で働きたいと思っている』ということはまだ言っていないみたい。だから私もそのことについては、マリコさんやミユキさんには何も話していない。そこは本人同士の話だものね。

 

『栞さん、このパン、俺すごく好きかも』

玉子サンドを食べながら、ケイタくんが言う。

『これね、近所のパン屋さんが毎朝届けてくれるの。北海道の小麦を使っているの。マリコさんもお気に入りよ』

『やっぱり、日本人には日本のものが合うのかな?』

『そうかもね。トーストしたのも食べてみる?』

『ありがとうございます。先輩』

 

ケイタくんが、マリコさんの会社で働くことになったら私は『先輩』になるのよね。

私もマリコさんの持つ『感覚』に惹かれて、この店を任されるようになったので、ケイタくんの気持ちはわかる気がする。だから店に来てくれたら、なるべくマリコさんのお気に入りのものを紹介したいと思っている。

 

マリコさんのお気に入りのもの…私だって、ちゃんとわかっているわけではない。だけど、この店に集まってくるものからは作った人の『心意気』が伝わってくる。マリコさんは職人さんたちの中で育ったので、自然とそういうものを選ぶのかもしれない。

 

『このお皿も、いいね。俺だったらおはぎをのせたいな』

おばあちゃん子のケイタくんは、小豆やお芋など、和菓子に合う材料を洋菓子でも積極的に使いたい、とよく言っている。

『この作家さんもね、マリコさんが20年ぐらいずっと、応援しているの。それは古い作品だけど、最近のはね、これ』

棚から四角いお皿を出して見せる。描かれている猫ちゃんは、マリコさんの家で生まれた子だ。

 

『本当に同じ人が作ったの? 全然ちがって見えるけど』

『ケイタくんのお皿とこっちのお皿の猫ちゃん、同じ子がモデルなのよ』 

『確かに、柄が同じだね』

『この作家さんね、ケイタくんの学校の先輩なのよ。お菓子を作っていくうちに、食器に興味を持つようになったらしいの。それでマリコさんの知り合いの作家さんのお弟子さんになったんですって』

『うちの学校とマリコ母さん、ずいぶん付き合いが古いんだね』

ケイタくんは、しみじみと言う。

 

『コーヒー、おかわりは?』

『サトルさんの栗の町ブレンドが飲みたいな』

『栗の町ブレンド』は私と同じように、マリコさんのお店の店長をしているサトルさんのオリジナルだ。評判がいいので、この店でも扱うことになった。

 

抽斗からボンボニエールを出して、チョコを2つ、ソーサーに添える。マリコさんおすすめの『栗の町ブレンドに合うチョコレート』だ。

『このチョコを入れている器も、マリコ母さん絡みの作家さんの作品?』

『ああ、これね、これは子どもの頃に祖母からもらった外国のお土産』

『栞さんも、おばあちゃん子なんだね』

 

授業を抜け出して喫茶店に行く楽しみと、おばあちゃん子だということ、この2つの小さな共通点があって、ケイタくんはもう何年も前からの後輩のような錯覚を起こすことも。マリコさんとミユキさんも、きっとケイタくんが仲間になるのは嬉しいだろうと思うのだけれど、楽しみはじっくりと育てていくのもいいのかもしれない。

栗の町ブレンドを美味しそうに飲んでいる顔を見ながら『また、ちょこちょこ遊びにいらっしゃい』と思っている。