ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ティピカちゃんねる 7

皆様、ごきげんよう。ティピカです。常連さんのルリコさんが、こんなことをぼやきます。

『最近、テレビの人の名前が思いだせないのよ。ほら、あのドラマの妹の役の、なんて言ってるのよ』

おやおや、背筋がピンとしたルリコさんともあろうお方が。私は猫背ではありますけど、一度でも店に来てくださったお客様のお顔は、ちゃんと覚えていますよ。

 

カラン、コロンとドアベルが鳴って若い男の子と綺麗なお嬢さんが入って来ました。この男の子は、夏に何度か来てくれましたね。お嬢さんの方は『はじめまして』ですね。私と同じ名前の喫茶店、ティピカへようこそ。

 

お嬢さんは私に気づくと

『あら、可愛い猫さん。こんにちは』

と、声をかけてくれました。恐れ入ります。あなたもとても、お綺麗ですよ。お客様が猫好きだと、ジュンコもほっとするようですね。いつもと同じ声で『いらっしゃいませ』を言います。私はお嬢さんのとなりの席にお邪魔しましょう。

 

『リサ、何にする? ケーキもあるし』

『ケーキ、美味しそうですね。アサミが喜びそう。マドレーヌとコーヒーのセットにします』

『アサミなら、ケーキ3つぐらいはたのみそうだな。俺はキリマンジャロにしようかな』

夏に来てくれたときは、チーズケーキと紅茶でしたね。きょうはお嬢さんが一緒なので、少し緊張していますね。

 

『先輩、これ、ささやかですけど、私からのお祝いです。スケッチブックが入る大きさがいいかな、と思って』

『帆布のトートバッグか、リサらしいデザインだね。ありがとう。たいせつに使わせてもらうよ』

爪をといだら、気持ちよさそうなバッグですね。さすがに、お客様の持ち物にそんな真似はしませんよ。だけど、もし、ジュンコが同じ物を持っていたら…と想像すると、頬がゆるみます。

 

リサさんがときどき、私の背中をそっと撫でてくれます。そうですか、リサさんのところの猫はシャルルさんというのですか。

お2人は高校の美術部の先輩、後輩なのですね。きょうは先輩が叔父さんのお蕎麦屋さんにリサさんをお連れしたんですか。遠いところから、よくいらっしゃいました。

 

夏に叔父さんのお店に遊びに来て、この店を知ったのですね。猫好きのリサさんが喜びそうな店だと、心にとめてあったと。ありがとうございます。ごゆっくりおくつろぎくださいませ。

 

先輩は春から美大生なんですね。

『リサ、やっぱり地元の美大を受けるのか? 俺としてはこっちに来て欲しいと思っているけど』

『家から通いたいんです。猫と離れたくないから』

シャルルさん、愛されてますね。お会いしたことはありませんが、猫が幸せだと嬉しいですよ。

『リサの絵からも、猫好きなのが凄く伝わってきていたよ。日なたで寝ている猫の絵、俺好きだな』

『ありがとうございます。私も、気に入っているんです』

 

先輩、お好きなのはリサさんの絵だけではないですよね。リサさんは、先輩のお気持ちには気づいていないように見えます。

『リサ、本当に猫だけが理由?』

『え? そうですよ。1度、見学に行ったときの雰囲気もよかったし』

『リョウも受けるんだろ?』

『はい、リョウちゃんは見学に行ったとき、学食のグラタンが気に入って、これを4年間食べ続けたいって』

 

リサさんはシャルルさんのことを話すときと、同じ表情になっています。先輩も私と同じことを感じているみたいですね。先輩と、目が合いました。リサさんのとなりの席から降りて、先輩の膝の上に。ルリコさんが、驚いて言います。

『あら、ティピカ珍しいわね。自分からお客さんの膝に行くなんて。お兄さんのこと、好きなの?』

『ニャーン』

ルリコさん、もうひと声、お願いしますよ。と、ルリコさんに合図を送ります。

『この子、やさしい人にしか、懐かないのよね。そうよね、ジュンコさん』

さすが、ルリコさん。わかってくれています。感謝、感謝。

『そうなの。男の人にはあまり懐かないのに、ほんと珍しいわ』

ジュンコ、少し棒読みっぽいよ。だけどまあ、これで先輩の株が少しでも上がるならよしとしましょうか。

 

リサさんが先輩の膝の上の私の頭を撫でます。

『ティピカさん』

『ニャーン』

『ティピカ』

先輩も私の背中を撫でてくれました。

『ニャーン』

先輩の腕にすりすりします。

『猫って、こんなにかわいいものなんだね。俺も春からひとり暮らしの予定だったけど、猫と一緒というのも悪くないな』

『先輩、猫ちゃんが来たら描いて見せてくださいね』

『わかった。リサにとっておきの1枚をプレゼントするよ』

 

リサさんはにっこりして、マドレーヌを食べ始めました。先輩も緊張が解けてきたのか

『俺にもマドレーヌをひとつください』

と言いました。棒読みのジュンコがマドレーヌのお皿を先輩のところに持ってきます。ジュンコと目が合います。『先輩の株、ちょっとは上がったよね?』ジュンコは肩をすくめます。私たちの様子をルリコさんが面白そうに眺めています。

 

どうして、先輩を応援したくなったのか、自分でもよくわかりません。ルリコさんが言ったように、やさしい人だと感じたからなのでしょうか。先輩、ささやかですけど、私からの合格祝いです。先輩の気持ちがリサさんに伝わるといいですね。先輩の膝から、またリサさんのとなりの席へ。私はちょっとだけ寝ることにしましょう。