ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ティピカちゃんねる 5

皆様、ごきげんよう。ティピカです。朝一番のお客様たちのあと、ランチタイムのお客様がいらっしゃるまでに、ちょっとした間が空くことがあります。そんな時はジュンコは椅子に腰かけて、小さな本を読みます。私はジュンコの膝の上で、その様子を眺めるのが好きなのです。

 

あ、荷物が届く気配がしますよ。マリコさんからのコーヒー豆でしょうね。配達はいつもの宅配便のお兄さんです。近づいてくる足音で、わかります。私たち猫にはドアが開く前からこのぐらいのことは一瞬でわかるのですが、ジュンコの場合だと、ドアベルが鳴ってから段ボールの送り状を確認しないとならないのです。ずいぶんと手間のかかる話です。

 

アベルがカラン、コロンと鳴り、思ったとおりのお兄さんの姿です。お兄さんとは仲良しなので、ご挨拶しましょう。

『よう、ティピカ。元気そうだな』

ごきげんよう、お兄さん。きょうも会社の猫のマークのついた帽子がお似合いですよ。

『ジュンコさん、帰りに寄りますから、パウンドケーキ、俺のぶんも残しておいてくださいね』

お兄さんは段ボールをジュンコに渡しながらそう言って、また忙しそうに走って行きました。

 

ジュンコは器用な手つきで、段ボールを開けます。段ボールからはマリコさんの匂いが、ほのかにします。この町に移住するまでは、ジュンコはマリコさんの喫茶店にずっと通っていました。この店でもおなじみの『深煎りモカ』はその頃からのジュンコのお気に入りで、今でもずっと、マリコさんのところから仕入れています。

 

マリコさんはコーヒー豆と一緒に必ず、手紙と『おまけ』を添えてくれます。猫を愛していて、猫からも愛されているマリコさんは、私にもおもちゃやおやつを送ってくれるのです。

 

『お蕎麦の産地の人に、どうかと思うけれど、美味しい更科そばを取り寄せたので、ジュンコさんも食べてみて』ジュンコが手紙の中身を聞かせてくれます。

『ティッティ、マリコさんがお蕎麦をくださったわ。早速、今晩いただきましょうね』

お蕎麦は私も大好物です。お蕎麦が好きな人たちの間では『つゆをたくさんつけずに食べるのが、粋』とされているようです。だとしたら、私はかなり粋な食べ方をしているわけですよね。何せ、つゆを全くつけないのですから。

 

『相変わらず、達筆ね。マリコさんは』

ジュンコは少し腕を伸ばして、便箋を眺めます。老眼鏡を使えば? と言ったら、おやつの煮干しを減らされてしまいかねないので、黙っていましょう。

 

マリコさんの手紙には、私の母は元気にしていると伝えてほしい、とも書いてあります。そうなんです。私はマリコさんの家から、ジュンコのところに来ました。私にはティアラという妹もいます。妹はジュンコと私がともに父と慕う『山さん』の家で暮らしています。ティアラとは、ときどき電話で話します。

 

この前は、マリコさんから素敵なリボンをいただいた、と嬉しそうでした。この町に来てからはなかなか会えませんが、電話で元気そうな声を聞くと私はホッとします。

 

ティアラも私と同様に、お蕎麦が大好きだと言います。最近、山さんが趣味でお蕎麦を打ち始めたようです。まだ、あまり上手には打てないみたいです。電話で『オトーチャンのお蕎麦、太さがみんな違ってて面白いのよ』と言っていました。私は日頃『人間も猫の言葉がわかるとよいのに』と思っていますが、わからない方がよい時もあるのかもしれませんね。オトーチャンのお蕎麦『上手になったら』私も食べてみたいですね。

 

午前中のゆったりとした時間は一体? という程に、ランチタイムより後はお客様がずっと続きました。常連さんのルリコさんは、いつもの指定席が空いていないので、エプロンをしてジュンコの手伝いをしてくれています。こんな時は『猫の手も借りたい』というそうですね。

 

 

『ルリコさん、ありがとう。おかげさまで、助かっちゃった』

『いいのよ。私、やっぱりこの席が落ち着くから』

いつもの椅子に座って、ルリコさんは満足そうです。他のお客様がいらっしゃらない時はジュンコも座って、一緒にコーヒーを飲みます。私はまた、ジュンコの膝の上に乗ります。

『ティピカの指定席は、そこなのよね』と、ルリコさんはよくわかっていらっしゃいますね。

 

2人のアルトの声のお喋りが、耳に心地よいですね。宅配便のお兄さんが来る時間には、まだ少し早いようです。一日中お仕事を頑張ったお兄さんに、お疲れ様の『ふみふみ』をしてあげたいです。それまで私はちょっとだけ寝ることにしましょう。