皆様、ごきげんよう。ティピカです。雨の日には全くお客さまがいらっしゃらない時間帯もあるわけで。そんな時、ジュンコは私を膝にのせて本などを読み読み始めます。きょうは本ではなくて先程、郵便配達のお兄さんが届けてくれたお手紙を読むことにしたようです。
少し、眉間に皺を寄せて腕を伸ばして。そんなことをしていないで、素直に老眼鏡を作ったらよさそうなものですが、そこはジュンコなりの『こだわり』があるのかもしれませんね。
『何よ、ティッティ。何か言いたそうね?』
あ、わかりますか? そりゃあ長い付き合いですからね。
ニャー『眉間に皺、寄せない方がかわいいよ』
『やっぱり、リーディンググラス、作った方がいいのかしらね』
と、溜息をつきます。意地でも『老眼鏡』とは言いたくないようです。
眉間の皺とは対照的に、口元は微笑んでいます。面白い表情ですよ。時々、声に出して『ふふふ』と笑います。お手紙をくれたのは、アサミさんでした。この春から短大生になり、独り暮らしを始めた、という報告です。食べることが大好きなアサミさんは早速、学生食堂のおばさんと仲良しになったようです。この店でも満面の笑みで『すごぉく、おいしい』と言ってくださいますものね。
お友だちのリサさんとリョウくんは美大に通うことになったとの事。よかったですね。またお2人にもお会いしたいですよ。今度は是非、3人お揃いでお越しくださいね。
『ほら、ティッティ、私たちの似顔絵も描いてくれているわよ。相変わらず、上手ね』
以前にこの店で描いてくれたものは、写真のようなタッチでしたが、お手紙の中の私たちはちょっぴり漫画風に描かれていました。どちらにもアサミさんのふわりとした雰囲気が漂っていて、私はとても嬉しくなりました。ゴロゴロと喉が鳴ります。
カラン、コロンとドアベルが鳴って、常連さんのルリコさんが顔を覗かせました。雨の中をようこそ。皆勤賞ですよ。感謝、感謝。
『あら、ティピカ、きょうは特等席にいるのね。雨が降っているから、お洗濯、サボっちゃった』
と笑っています。確かにいつもの時間より、早いですね。
他のお客さまがいらっしゃらない時は、ジュンコも座ってルリコさんと一緒にコーヒーを飲むのが2人の決まりです。さあ『女子会』のはじまりはじまり。思ったとおり、アサミさんはルリコさんにもお手紙を書いていました。
『アサミちゃん、早速あの万年筆とインク、使ってくれているのね』
『気に入ってくれたみたいで、よかったわ。ねえ、ジュンコさん』
アサミさんが手紙をくれたのは『進学祝いに』と2人が万年筆とインクをプレゼントした事へのお礼の意味もありました。
前回、アサミさんの合格を聞いた2人はこっそりとプレゼントを贈る相談をしていました。私も側でずっと、その様子を見ていましたから喜んでもらえたことを嬉しく思っています。『画材は好みがあるだろうから、除外しよう』というところから始まって、あれこれ話し合った結果、白の軸に金色のクリップがついた万年筆とプラム色のインクのセットに決めました。それはアサミさんがここで必ず注文してくださる『プラムのケーキ』のイメージでした。この店では、いつも金の縁がついた白いケーキ皿を使っているのです。
2人の想いはしっかりと届いたようで『この手紙を書きながら、ママのプラムのケーキを思い出しています。早く食べたいなぁ』と書かれていました。
『私が若い頃って、恰好いい大人がたくさんいたわ。真似しようとして、背伸びしたものよね。万年筆だって、当時は大人のアイテムだったわよね』
そう仰るルリコさんだって、恰好いい大人だと私は思っていますよ。ほら、ジュンコ、側にこんな素敵な先輩がいるんだからさ、年齢に抗わないでさっさと老眼鏡を作りなよ。私の背中を撫でていた筈のジュンコの手が、今度はお尻を抓ろうとしています。あぶない、あぶない。ジュンコにはお見通しなんですよね。私はちょっとだけ寝ることにしましょう。