ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ティピカちゃんねる 15

皆様、ごきげんよう。ティピカです。夏休みのこの時期になると私たちのところにも『はじめまして』のお客様がいらっしゃいます。ジュンコの淹れるコーヒーがお口に合えば、また来てくださる方も。老いてもそこは喫茶店の猫、1度お会いしたお客様のお顔は絶対に忘れない、という自信はありますよ。 カラン、コロンとドアベルがなって顔を覗かせたのはアサミさん! おひさしぶりです。遠いところをようこそ。後ろにはアサミさんより、メロン2つぶんぐらい背の高い男の子がいます。 『ママー、ティピカさーん。こんにちはぁー』 『あらっ、アサミちゃん? ようこそ』 人見知りのジュンコが毎日のように顔を合わせるわけでもない人に『ちゃん付け』するのはとてもめずらしいことです。 アサミさーん、すりすりさせてくださいね。きょうも爪の模様が愛らしいですよ。 『そうか、今、夏休みだものね』 と、働き過ぎのジュンコが言います。アサミさんと男の子は、いつも常連さんのルリコさんが座るところから3つ右側の席に並んで座りました。 『リョウくん、何食べる? ここのお店はなんでもおいしいよ』 ほめ言葉には滅多に反応しないジュンコですが、アサミさんの天真爛漫な語り口には少しだけ、照れ笑いを浮かべます。リョウくん、あなたがリョウくんですか。リサさんの好きな人ですよね。最初に見たときは、アサミさんの弟さんかと思いましたよ。雰囲気がどことなく、アサミさんと似ていますよね。きょうはリサさんはご一緒ではないのですか? 『ティピカさん、リョウくんにおすすめはありますか?』 リョウくんの顔をじっと見て、この顔は海老が好きそうな顔ですよ。メニューの中の『海老カツサンド』に前足をのせます。 『わー、ティピカさん、どうしてリョウくんが海老が好きだってわかったの?』 アサミさんは私の頭をそっと撫でます。喉が鳴ります。ゴロゴロ。 『ニャー』 『え? リサさんはどうしたのかって?』 アサミさんには、猫のことばがわかるのでしょうか。 『暑い家に、シャルルさんをひとりでおいておくのが心配だから、涼しくなったら来たいって。ママとティピカさんによろしくって』 『ニャー』 そういうわけでしたか。シャルルさん、愛されていますねぇ。 アサミさんは、すっかり気に入ってくれたプラムのケーキを食べながら、ジュンコにこうたずねました。 『秋の美術展に、ママとティピカさんの絵を出したいなぁ…と思っているんですけど、いいですか?』 え? 私たちがモデルに? アサミさん、どうしてまた、そんな? 横目で見ると、ジュンコは目を丸くして、右手で前髪をサッと撫でました。私たちの毛づくろいのようなものです。戸惑っているジュンコにアサミさんは自分がこの店を好きなのは、ジュンコと私の仲の良さもあるからだ、と説明してくれました。私たち、店ではあまりベタベタしていないのですけどね。 ジュンコは名前を出さないことと、自分は横顔だけにして欲しい、という条件で絵のモデルを引き受けました。これも目立ちたくないジュンコにしてはめずらしいことです。アサミさんじゃなければ、断っていたでしょうね。 リョウくんは黙々と海老カツサンドを食べて、アサミさんの方をちらりと見ます。 『ママ、ティピカさん、モデルを引き受けてくれてありがとうございます。ホッとしたら、お腹空いちゃった。私にも海老カツサンドください』 『俺も、おかわりください』 ジュンコの照れくさそうな笑い方、私はとても好きなのです。滅多に、この表情はしないのですけどね。 並んでにこにこと海老カツサンドを食べているアサミさんたちは、双子の姉弟みたいです。この2人が春のイメージだとすると、リサさんは秋のイメージだと私は感じました。秋の美術展、アサミさんはジュンコと私をどんなふうに描いてくれるのでしょうか。楽しみです。素敵な絵が仕上がることを想像しながら、私はちょっとだけ寝ることにしましょう。