皆様、ごきげんよう。ティピカです。最近では『看板猫』などという言葉もよく、耳にします。私のことも、そのように呼んでくださるお客様がいます。私自身はただ、相棒のジュンコのコーヒー豆を挽く音が聞きたくて店についてきているだけなのです。ですが、今回は少しだけ『看板猫』の名に値する仕事ぶりなのでは? と思って頂けるのではないかと思います。
ドアがそっと開きました。お客様ですね。
おや、リサさんではありませんか! ようこそいらっしゃいました。すりすりさせていただきましょう。
『ティピカさん、覚えていてくれたの?』
当然ですよ。猫好きのお客様のことは、特に印象深く覚えていますよ。きょうはお友だちとご一緒ですか。遠いところをよくお越しくださいました。
『わー、かわいい。猫さん、こんにちは』
リサさんのお友だち、はじめまして。あなたもチャーミングですよ。爪の模様が素敵ですね。
お2人が座ったので、私もリサさんのおとなりの椅子にお邪魔しましょう。リサさん、シャルルさんはお元気ですか?
『おいしそうなケーキが、たくさんあるのよ』
『ほんとだ。猫さんのおすすめは、どれですか?』
ティピカで結構ですよ、お嬢さん。そうですね、ジュンコの作るものは、どれでもおいしいですよ。だけど、あなたはプラムのケーキなんかがお好きなのではないかと思うのですが、いかがでしょうか? メニューの『プラムのケーキ』を前足でそっと、おさえます。
『え? プラムのケーキ? おいしそう。じゃあ、猫さんおすすめのこのケーキをください』
『私も、同じものにします』
リサさんは以前、来てくださったときはマドレーヌをひとつでしたが、きょうはアサミさんに合わせてケーキにしてくださいましたね。
ジュンコがコーヒーを淹れている間、リサさんのお膝へ。やさしく背中をなでてくれます。お友だちはアサミさんとおっしゃるのですね。
『猫さん、このケーキ、ものすごぉくおいしいね』
アサミさんはそう言って、私の頭をなでてくれました。気に入っていただけて、私も嬉しいですよ。そして、ジュンコに
『プラムのケーキ、おかわりください』
と言います。
ジュンコは照れたような表情で、最初よりも少しだけ、ケーキを大きめにします。気に入っていただけて、ジュンコも嬉しそうです。普段はあまり、ほめ言葉に反応しないのですが、アサミさんがおいしそうに食べる様子は、見ている私たちも楽しい気持ちにさせてくれるようです。
『アサミ、絶対このお店、好きになると思っていたわ』
『さすが、部長。好み、わかってくれているなぁ。今度はリョウくんも一緒に来ようよ』
リョウくん、リサさんのお好きな方ですね。私も是非、お会いしてみたいですよ。
『そうね。だけど、リョウちゃんはデッサン教室、休みたがらないわよね』
『リョウくん、自分ではデッサンが苦手だと思ってるみたいだね。そんなことないと思うんだけど』
『たまにはね、息抜きするといいわよね』
そうですよ、息抜きは大事ですよ。猫と遊ぶというのも、ひとつの手ですよ。
アサミさんは、ケーキのおかわりの後、鞄から小さなスケッチブックを撮り出すと、鉛筆で私を描き始めました。時々、私の絵を描くお客様もいらっしゃいますが、きっとして『動いちゃダメ』とおっしゃるのです。だけど、アサミさんはそうではありません。私がどんな体勢でいようと、行儀よく座った私を描くことができるのです。普段からよく観察していないと、こうはできないですね。だから私の背中の上のリサさんの手はそのままです。
アサミさんは私にスケッチブックを見せながら
『ティピカさん、似てるかな?』
と言います。似てるどころか、少し美化して描いてくれていませんか? おそれいります。ジュンコも
『凛々しく描いてもらえて、よかったわね。看板猫みたいだわ』
と言います。
アサミさんの絵は、デッサンの精度だけではなく、タッチに独自の雰囲気もあります。ご本人のようにどこか、ほんわりとしたやさしさが感じられますね。このプラムのケーキにも似ている気がします。いいものを見せていただきました。アサミさん、リサさん、どうぞ、ごゆっくりしてくださいね。私はちょっとだけ寝ることにしましょう。