皆様、ごきげんよう。ティピカです。
タクシーの運転手さんが、休憩に寄ってくれています。カプチーノがお気に入りで、この店に来るとほとんど毎回、飲んでいます。
私はシナモンの匂いが得意ではないのですが、運転手さんのテノールの声は好きで聞いていたいので、店の中にいます。朝の常連さんのイネコさんがシナモンロールを食べる時は避難することに決めているのですけどね。
1曲でも歌を聴いてみたい声が言います。
『お客さんから、よく旨い店を聞かれるんだよ。コーヒーなら、やっぱりここだよね、ママ。ケーキも旨いし』
『あら、嬉しい』
ジュンコは意外と冷静です。喫茶店のママさんという人たちは、こんな時もっと愛嬌たっぷりに受け答えするものなのではないか、と思うのですが、いかがでしょうか?
と、言いつつも私はジュンコのそういうところは嫌いじゃないのです。
『前に1度、にんじんケーキがあっただろ? 俺好きなんだけど、あまり作ってくれないよね』
にんじんケーキにも、シナモンが入っていますよね。シナモンがお好きなのでしょうか。にんじんはその時期で味が違うので扱いにくい、とジュンコは考えているようです。甘さを一定にしづらい、と言っています。
運転手さんは小学校でいつも、給食のにんじんを残していたそうです。見かねた担任の先生が、にんじんの蒸しパンを作ってくれました。ジュンコのケーキはその味を思い出させる、とテノールの声で語ります。
運転手さんは喫茶店の1番を私たちの店、お蕎麦は、ここから少しだけ離れたところにあるお店、とお客さんたちに言っているらしいです。私の仲良しのお蕎麦屋さんの奥さんのところも美味しいと思いますよ。何と言っても、かつおが違いますからね。
『この間、お客さんが旅行先で猫グッズだらけのお店を見つけた、と言ってたな。だけどこっちは本物の猫だよな、ティピカ』
ジュンコがちらりと私の方を見ます。マリコさんの店ですね。うちは同じコーヒー豆を使っていますよ。
運転手さんは、何とかジュンコを『彼女』にしたいようなのですが『娘は渡さないぞ』とジロリとにらむ世間のお父さんたちの気持ちが、猫ながら少しだけわかる気がしますね。声をほめることとは、違う話なのですよ。
運転手さんは『お客さんにおすすめしているお店』のどこかにジュンコが興味を示すのを待っているようです。ジュンコの好物がモンブランだということは、教えてあげませんよ。
友だちのミケコちゃんの匂いがしてきます。
『ジュンコちゃんのこととなると、ティピカでも昭和のお父さんみたいになるのね』と、私の気持ちが伝わっています。
『ミケコちゃんだって、パパに同じ気持ちだろう?』
『ふふふ、それもそうよね。パパがおやつをくれたから、ティピカと一緒に食べようと思ってね』
ミケコちゃんのパパ、私を『昭和のお父さんの顔』をして見なくても、大丈夫ですよ。おやつ、ありがたくいただきますね。甘栗は美味しいですね。ジュンコにもあげたいです。美味しいものをわけあって食べたいのは仲良しのひとつの目安ですね。
『ティピカ、私の家の方に移動しない? シナモンの匂いが漂ってくるわ』
シナモン、だからですね。なるほど、ミケコちゃんの言葉でわかりましたよ。ジュンコを運転手さんの彼女にしたくない理由が。私たち猫はたいていは、この匂いが好きではありませんもの。
美味しいおやつを頂くと、眠くなるのは猫も人間も同じようですね。ジュンコも夜に
『ひとのつくったケーキは美味しい』
と、モンブランを食べた後にソファでちょっとだけ、寝ていることがあったりします。
ミケコちゃんも甘栗を食べて、うっすらと眠そうです。お互い、猫同士ですからね。
そこは遠慮がいりません。だから、私はちょっとだけ寝ることにしましょう。