ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サトルさんとモンブラン 6

引き戸がカラカラと鳴って、マドカちゃんが顔を覗かせた。

『サトルさん、こんにちは。モンブランの追加ぶん、持ってきましたよ』

『ああ、ありがとう。助かるよ』

『ホットサンドと栗の町ブレンドをください』

『あれ? 店、いいの?』

『タッくんが、お客さんの声を直接聞きたいから、たまには自分も店に立つ、って言うの。だから、ここで動画の編集させてね』

 

マドカちゃんは猫のクリタロウの動画を配信している。ファンもかなり、いるらしい。慣れた手つきでタブレットを操作している。編集に飽きると、ときどき他の人の動画を見たりしている。

 

『あ、この子、ヨシコさんに似てる』

と、俺にタブレットを見せる。

『ああ、これ、本人だよ』

『え?』

 

それは、ヨシコが高校の演劇部でサッカー少年を演じたときの映像だった。この役のために、ヨシコは俺の高校のサッカー部を何度も見学した。そして新しい部員よりも、リフティングがうまくなった。サッカー部の部長が『どうだ、練習試合に出てみないか?』と言ったぐらいだ。

 

『本当に男の子かと思ったわ』

『ずいぶん古い映像だけどね。顔は今とあまり変わらないよね』

マドカちゃんはホットサンドを食べながら、まじまじと動画を見ている。

 

 

ガラガラと引き戸が鳴る。この音はヨシコだ。

『サトルちゃん、ホット』

『おう』

『ヨシコさん、これ、見つけちゃった。リフティング、上手すぎ!』

マドカちゃんが早速、ヨシコにタブレットを差し出す。

『あー、うちの部の誰かがアップしたのかな? こんな昔の映像、よく持っていたわね。再生回数178回だって。見る人いるのね』

『ヨシコさん、演劇部だったんだ』

『うん、まあね』

 

ヨシコは基本的に自分からは、女優時代の話をしない。だけどマドカちゃんにさえ、話していなかったのが俺には意外だった。ヨシコはマグカップのコーヒーを飲みながら、懐かしそうに画面を眺めていた。当時、サッカー部の部長は俺に会うたびに『ヨシコがうちの部員だったらいいのに』と言っていた。

 

 

『マドカちゃん、クリタロウの新しいの見せて』

『きょうは、ボールで遊んでいるのと、お魚のおもちゃで遊んでいるのにしてみたの』

『やっぱり、猫の運動神経には敵わないわね』

『ちっちゃくても、トラの仲間だもの。私たちは敵わなくて、当然だわ』

『のんびり屋と見せかけているのにね。クリタロウって、丸くなって寝てるとモンブランに似てるわよね。さすが、ケーキ屋さんの子だわ』

 

2人のそんなやり取りを聞きながら、ヨシコもたまにトラの仲間に見えることがあるぞ、と思ったけど黙っていよう。俺の心の声が聞こえていないヨシコは

『私も、ホットサンドもらおうかな』

と言った。ヨシコは時間に余裕があるときは、よくホットサンドを食べる。そう言えば、ホットサンドの焼き目って、何となくトラの模様に似ているよな…と思う。