カルチャースクールの生徒さんらしき2人連れの女性がまた何組か、続けて入って来た。
そのうちの1組みが最近、お店の奥の方に置くようになった木製のライティングデスクの方に寄って行った。
『これじゃない? ブリママが動画でコマーシャルしてた手紙セットって』
ブリママ、ヨシコのことだ。ヨシコのおむすび屋さんは『おむすび屋ブリジット』という。ブリジットはヨシコがお芝居に関わっていた頃の芸名だ。一時は劇団に所属していたこともある。
サトルちゃんと目が合う。お客さんたちの『手紙セット』への反応はお互い、気になっているところだ。
『この絵はがき、素敵じゃない? お揃いの一筆箋もあるのね』
『これ、ブリママが動画の中で使っていたインクのシリーズよね。瓶のラベルがかわいいの』
サトルちゃんの頬が少し、ゆるむ。
私も人のことは言えない。『ブリママ』と一緒にコマーシャル動画に出演したので、お客さんが『手紙セット』に関心を持ってくれているとわかると、やっぱり嬉しい。
サトルちゃんのお店のオーナーのマリコさんが『万年筆を使って、喫茶店で手紙を書く時間を楽しみませんか?』という企画を持ち出して、オリジナルのインクやレターセットを自分の喫茶店で販売し始めた。
ヨシコと私は、そのコマーシャル動画に出演した。遠く離れて暮らしている姉妹がお互い、コーヒーを飲みながら、手紙を書き合うところを5分程度のドラマ風に仕立てたものだ。住んでいる距離感以外は、ふだんの私たちそのままの設定だった。
夫が撮影用にと、叔父さんからの入学祝いだというモンブランの万年筆を貸してくれた。
『ヨシコちゃんも一緒なら、心配はないね。あなたは結構、ビビりさんだけど』
夫の言うように、ヨシコは流石に経験者だけあって、慣れている。プロにお化粧をしてもらい、微笑んでいる顔は堂々としていて、劇団時代のブリジットを思い出させる。
ヨシコは劇団の中では『存在感のある脇役』だった。本人もまわりも、主役よりは脇役として、活躍することを望んでいた。
ヨシコは照れ隠しのために、わざと大雑把に振る舞うようなところがあった。そこが主役には向かない要素なのかもしれない。
手紙セットを見ていた女性の1人が、こちらに寄ってきて
『店長さん、あの絵はがきとインクをいただきたいです』
と言った。見たことがないお顔だわ。私がヨシコのところに行かない曜日のお客さんみたい。
『はい、ただいまお持ちしますね』
と言って、カウンターから出て行くサトルちゃんの後ろ姿が嬉しそうだ。私も心の中で『レターセットのお買い上げ、ありがとうございます!』と言った。
サトルちゃんは女性に向かって、にこやかに
『もし、今ここでお葉書を書くのでしたら、同じインクの入っている万年筆をお貸ししますよ』
と言っている。
『嬉しいです。次にうかがうときは、是非。きょうはお腹が空いているので、ホットサンドとモンブランとポットのコロンビアをください』
『かしこまりました』
サトルちゃんがカウンターに戻ってきた。小さくガッツポーズをする。
『万年筆、貸してくれるの?』
『俺が学生の頃に、集めていたやつなんです。ずっと仕舞ったままだったんですけど、まさか、こういう形で使っていただけるようになるとは思っていませんでしたよ』
サトルちゃんは大学の途中までは、作家になりたいと思っていた、とヨシコから聞いたことがある。
今、私の目の前でコーヒーを淹れているサトルちゃんは、お豆の焙煎も手掛ける喫茶店の店長さんだ。これは、お店のオーナーのマリコさんが淹れた1杯のコーヒーがきっかけだ。マリコさんのひとり娘さんのミユキさんが言っていた『マリコのマは、巻き込むのマ』という言葉を思い出す。