ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サワコさん 3

ヨシコと私はミユキさんとは、コマーシャル動画の撮影のときを含めてまだ2回しかお会いしたことがない。

 

だけど、ヨシコとミユキさんはお互いを『心の友』と呼び合う。わずかな言葉のやりとりだけでも、相性がわかることってあるものなのね。初めて会った日に、閉店後のヨシコのお店で一緒にお酒を飲んで、語り合ったそうだ。遠く離れて暮らしている2人はときどきは電話で近況を報告し合ったりしている。

 

子どもの頃からヨシコは『名脇役』だった。だから、ミユキさんが私を『イメージキャラクターにしたい』と言いに来てくれたときにも間に入って、私たちの意向をすり合わせてくれた。あのときはヨシコの方がお姉さんみたいだった。

 

ミユキさんのお母さんのマリコさんは陶芸の職人さんに囲まれて育ったそうで、若い芸術家や職人さんたちには人一倍、思い入れがあるという。今回のレターセットの企画は、文房具メーカーから独立してオリジナルの万年筆用インクを販売し始めた職人さんを応援する目的も兼ねていた。

 

茶店をいくつか経営しながら、縁のあった職人さんたちの作品を人の目に触れさせることが、大きな楽しみだという。ヨシコは『マリコさんは喫茶店を職人さんのお仕事を紹介するのに、うってつけの場所だと思っているのかもね』と言っていた。

 

サトルちゃんのお店にも、マリコさんのお気に入りの職人さんたちの手掛けた食器がいくつもある。このお店では、サトルちゃんのお父さんの金物屋さんで扱っていた食器も織り交ぜて使っているが、ミユキさんが住む町には、マリコさんの愛する『猫ちゃんグッズ』で埋め尽くされた喫茶店もあるそうだ。

 

ミユキさんは普段はその『猫ちゃんグッズ』のお店を手伝ったり、製菓学校の講師をしたりしている。そして、マリコさんが職人さんたちに触発されて『何か』を企画したときには『マリコのマは巻き込むのマ』と言いながら、あちこち出掛けて行くそうだ。だけど、マリコさんの職人さんたちへの想いを1番理解しているのもミユキさんで、ヨシコはそんな2人の関係を羨ましいと言っている。

 

ミユキさんから今回のレターセットの企画を聞いたヨシコは『ぜひ、自分の店も参加させて欲しい』と頼んだ。社内でさえも、乗り気ではない店長さんが半分近くいる中で、サトルちゃんの『お隣さん』のヨシコが興味を示したことが、ミユキさんにとって大きな励みになったという。

 

ヨシコは店の一角で、おむすび型のカードとおむすびの具の色『鮭』と『ツナマヨ』をイメージしたインクを扱うことにした。

 

後でミユキさんがこっそり教えてくれたのだが、私がカリグラフィーで好んで使う『明るいピーチピンクのインク』を探しているのを知って、似ている色である『鮭とツナマヨ』と言ったのだそうだ。ヨシコには昔から照れ隠しに、わざと大雑把な振る舞いをするところがあった。

 

ヨシコの最初の旦那さんには、そのことがわからなかったみたい。若かったから、仕方がないのかもしれない。だけど、ヨシコがマリコさんとミユキさんの関係に憧れるのには、ずっと会っていない息子のことが背景にあるのかもしれない。そんなことをふと、思った。

 

『サワコさん、コマーシャル動画を観たお客さんが2人とも本物の女優さんみたいだった、って言ってましたよ』

サトルちゃんの声で我に返る。コーヒー、冷めちゃったわね。

『ヨシコは本当に女優さんだったのよね』

『幼稚園ママさんたちは、知らない筈ですよ。おにぎりのブリママとしての顔しか』

『おむすび、って言わないとヨシコ、怒るわよ』

サトルちゃんは慌てて『ナイショ』という仕草をした。