ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サワコさん 1

サトルちゃんがカウンターから出て、私の前に葡萄の柄のポットと温めたお揃いのカップを置いた。そして、ステンレス製の綺麗なお皿に載せたマドレーヌも。

タツオの自信作ですよ。食べてみてください』

サトルちゃんは、横浜からこの町に移住してきたパティシエのタツオくんのことを本当の弟のように、たいせつにしている。このお店で出すお菓子は全部、タツオくんが作ったものだ。このマドレーヌは、隠し味に味醂を使っているそうだ。

 

ヨシコが『洗い物は私がしておくから、姉さんはコーヒーでも飲んで来たら?』と言ってくれた。『ゆっくりしていらっしゃい』という言葉に甘えて、ケニアをポットで注文した。

 

私がヨシコのおむすびのお店に『手伝い』という名目で遊びに来るのは、ヨシコとお喋りがしたいのと、もうひとつ、隣のサトルちゃんのお店のコーヒーを飲むのも楽しみだからだ。このお店のお客さんは、近所のカルチャースクールの生徒さんたちが多いのでゆっくりと寛げるようにと、ポットでもコーヒーを出してくれる。奥のテーブル席には、それらしい女性たちが2組みほど集っていた。

 

このお店は元々は、サトルちゃんのお父さんが金物屋さんをしていた場所だった。サトルちゃんは本の取次の会社で働いていたけれど、いずれは金物屋さんを継ぐ積もりでいた。お父さんはそんなことは知らず、還暦を迎えるとすぐに、お店を閉めて売りに出してしまった。そこを買い取って、喫茶店にしたのが今のオーナーのマリコさんだった。

 

サトルちゃんは暫くは呆然としていた。だけど、ある日ふと、その喫茶店に行ってみようという気になった。そのコーヒーの味が気に入って通い続けるうちに、いつしかお店をまかされるようになっていた。

 

ヨシコは最初は『まさか、サトルちゃんが喫茶店とは』と驚いていたけれど、このお店の隣が空いたタイミングで自分もおむすびのお店を始めた。幼なじみの2人は持ちつ持たれつ、仲良くやっているみたい。

 

サトルちゃんのご両親は金物屋さんを閉めた後、すぐに奥さんのふるさとに移住した。そこは陶芸のさかんな町で、お2人で陶芸教室に通ったり、悠々と『隠居生活』を満喫している。そして、時々ふらりとサトルちゃんのお店にコーヒーを飲みにやって来ては

『お父さん、これ、いいカップね』

『やっぱり、本職の人の作るものは使い勝手がいいね』

などとお店の食器を褒めていくそうだ。

『俺の淹れたコーヒーのことは、ちっとも褒めないんですよ』

とサトルちゃんは、やや不満そうだ。片道3時間もかけて来るのだから、絶対、美味しいと思っていらっしゃるわ。

 

『サトルちゃん、このケニア、最高ね。タツオくんのマドレーヌとの相性も、ぴったりだわ』

照れた笑い方が、チャーミングだ。照れ屋さんなのは、ご両親ゆずりなのかも。お2人が照れくさくて褒められないぶんも、私がお手伝いしましょうか。

 

サトルちゃんといい、ヨシコといい、私のまわりには照れ屋さんが多い。