夏にこの町に遊びに来て以来、タツオの伯父さんは俺のコーヒー豆を注文してくれるようになった。横浜にはうちよりも美味しい喫茶店はたくさんあるだろうに、ほぼ毎月のように電話で注文してくれる。そのときに近況を報告し合ったり、色々な土地の特産品の話をすることもある。伯父さんは和食の店をやっていて、タツオが菓子職人になるきっかけになった人だ。話をする度に、タツオが尊敬する気持ちがよくわかる。きょうは、伯父さん以外にも何件か、他の町のお客さんから注文を頂いた。その梱包をしていると、引き戸がカラカラと鳴った。タツオだ。
『サトルさん、お疲れさまでーす。まだネル片付けてなかったら、コーヒー飲ませてくださいよ』
ネルは梱包の後のお楽しみに1杯淹れようと思っていたから、営業時間のままだった。ちょうどよかった。俺も休憩しよう。 『ああ、何にする?』
『トラジャが飲みたいですねー』
『了解』
タツオ専用のマグカップにトラジャを注ぐ。そして、俺のカップにも。
タツオがぽつりと言う。
『伯父さんがトラジャ好きなんですよねー。休憩とか、家でくつろぐ時なんかもいつも飲んでて。真似して飲んでたら、俺も好きになってましたよー』
そうだ、さっき梱包したのもトラジャと栗の町ブレンドだ。この店に来たことは、タツオとマドカちゃんには内緒だから、黙っているけれど。
『俺、新しいお菓子考えるときとか、伯父さんだったら何を大事にするだろうかって、そんなことも思うんですよねー。伯父さんと同じものを飲んだら、少しは何かわかるかも、なんて』
『お菓子の師匠もいるんだろ?』
『フランスの人なんですよ。横浜に住んでいる。面白い人ですよ。口癖が、すべての女は美しい、でね。女性客が多い方が楽しいって一流レストランからお菓子屋に変えたんですよねー』
『正直な人だな』
タツオは笑って、トラジャをひとくち飲んだ。
ガラガラと引き戸が鳴って、ヨシコが顔を覗かせる。
『あ、まだネル仕舞ってないわね。よかった。サトルちゃん、ホット』
『なんだ、ずいぶん遅いな』
『お酒の後のお客さんが多かったのよ。ねえ、モンブランまだある? タツオくんの顔見たら、急に食べたくなっちゃった』
タツオのモンブランは人気で、夜には滅多にない。きょうは雨のせいか、偶然にも1つだけある。ヨシコ、運がいいぞ。
モンブランにはやっぱり、栗の町ブレンドだな。ヨシコのマグカップに注ぐ。
『何だか、照れますねー。自分の作ったケーキ、目の前で食べられるのって』
『美味しいわよぉー、タツオくん』
『わー、照れるなぁ』
『ああ、美味しいー。日本一のモンブランだわー』
『ヨシコさーん、勘弁してくださいよー』
ヨシコは笑いながら、モンブランの上の栗をひとくちで食べた。
タツオがめずらしく、真顔になって
『伯父さんって、いつも食べているお客さんと向き合っているんですよねー。俺だったら、どきどきしちゃうなー。やっぱり、伯父さんは凄い』
と言う。そして、伯父さんの好きなトラジャを飲む。その様子を伯父さんファンのヨシコと俺は微笑ましい気持ちで眺めていた。