ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 24

最近よく、夕方になるとマサヨさんが息子さんのお夜食を買いに来る。 『あの子ったら、母さんのおにぎりより栞さんのサンドイッチが食べたい、なんて言うんだから』 『お母さんに喫茶店で休憩どうぞ、っていうことでしょ?』 『そうかしら? だったら素直にそう言えば、小遣いでも増やしてやろうかという気になるわよ』 『照れ隠しだと思うけどな』 納得していないような表情で、マサヨさんはたらこスパゲティーをフォークに巻きつけている。 『このあいだ、店の在庫を点検していたら奥の方から、こんなものが出てきたの』 マサヨさんは、そう言って隣の椅子にのせていた手つき袋から猫ちゃん柄のシール、鉛筆、消しゴムそして、ノートなんかをカウンターの上に並べ始めた。 『私、小学校の頃この猫ちゃんシリーズ、集めてたわよ』 『流行ってたわよね。それで、祖母がたくさん仕入れていたようなの。今の子たち、こういうテイストじゃないものね』 『そうね。うちの姪も大人っぽい色のペンケース使っているわ』 私が小学生の頃だから、昭和時代のものよね。それなのに、新品みたいに保存状態がいい。流石だわ。 『これ、ほんの一部なの。まだたくさんあるわ。定規とかペンケースとか。栞ちゃんのところのお客さんなら猫好きが多いだろうから、もし欲しい人がいたらお譲りしたいの』 『聞いてみるわね』 カラン、コロンとドアベルが鳴る。 『いらっしゃいませ』 よく、ランチに来てくれる近所の会社の3人の女性たち。聞いてみようか。新製品を見本市に出品するための資料を仕上げた『ご褒美』にケーキを食べると言っている。ケーキと一緒に猫ちゃん鉛筆も持っていく。 『あ、これチーフのボールペンと同じにゃんこ』 『いい味してるよね』 『この猫、なんですか? 今、売ってないですよね?』 若い人は知らないわよね。ずいぶん流行ったのよ。クラスの女の子のほとんどが、何かしらのグッズを持っていたなぁ。3人娘さんたちはチーフにプレゼントしよう、と言ってノートとプラスチックでできたクリップを選んだ。 マサヨさんが食後のコーヒーを飲みながら言う。 『思ったとおりね。猫グッズ、ここなら里親さんが見つかりそう。また持ってくるね。今、在庫の場所をあれこれしているの』 『ギャラリー作るんですって?』 『フクちゃんの絵を描いてくれるお客さんがたくさんいてね。せっかくだから、それを展示したいって息子が言うのよ』 かぎしっぽ猫ちゃんのフクスケくん、すっかりお店の人気者ね。わざわざ他の町から会いにくる人もいるみたい。『勝手にファンクラブ作ってます』なんて声もあるんだって。 息子さんのサンドイッチに、ボンボニエールから『はちみつのど飴』を添える。乾燥しがちなこの時期、のどをいたわってね。すっかり『文房具屋さんの敏腕スタッフさん』だものね。フクスケくんともいいコンビになっているみたい。 さて、猫ちゃん文具はどこに置いたらお客さんの目にとまるかしら? 本棚の横がいいかもね。鉛筆、消しゴム、小さなノート、などなど。あ、これ私も持っていた柄だわ。猫ちゃんのカード立てに『ご自由にお持ちください』と書いたカードを挟み込む。ちょっと待って。何だかしっくりしないわね。そう言えば、さっきマサヨさんは『里親さん』っていう言葉を使っていたわ。その方が、お客さんも楽しめそうね。 カードを『里親さん募集中!』に訂正する。いくら無料で、とは言うもののマサヨさんのおばあちゃんがたいせつに保存していた猫ちゃん文具だもの。お預かりする方も責任重大よね。いい里親さんが見つかるといいな。私としては、トモノリさんにも届くことを願うわ。だけど鉛筆はダメね。『もったいなくて、削れないにゃー』なんて、言いかねないものね。