ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

100本の花束をあなたに

モーニングのお客さんを皆さんお見送りした後、ドアに『本日貸切』の貼り紙を貼る。
テーブルを並べ変えて大きくつなげて、テーブルクロスを掛ける。

『何だか、小学校のお楽しみ会を思い出すわね』
ティッシュで作ったお花とか、紙テープの飾りが似合いそう』
『金の屏風があったらよかったかしら?』
『マサヨさんは大袈裟なことをしたくないから、ここにしたんでしょ?』
『それもそうね』

ミユキさんは、大きなお皿に小さなシュークリームをきれいに並べる。
『これは2組でいいわよね?』
と言って、テーブルの両端にそれぞれ置く。

マサヨさんがキャリーバッグの中で大人しくしている猫ちゃんを連れて入ってきた。
『きょうはお世話になります』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
『あら? おばあちゃん、一緒じゃないの?』

『それがね…』
マサヨさんはにやりとして続けた。
『うちのばあちゃんの施設のスタッフさんがね、タケオ先生のファンなのよ。先生が来るなら私が付き添います、って言って。きょうは猫も連れてきたから、私も助かったけど』

ミユキさんと私は顔を見合わせて笑った。タケオさんは相変わらずモテモテだな。ミユキさんがキャリーバッグを覗き込む。
『この子? 噂のかぎしっぽちゃん。こんにちは。何ていうお名前ですか? 私はミユキちゃんよ。よろしくね』
『にゃあー』
『フクスケです。文房具屋の営業部長です。以後、お見知りおきを』
マサヨさんが通訳する。

『フクスケさん、まだ出さない方がいいわよね? おばあちゃん来てからにしようか?』
『そうね。うちの店だと、もう私より偉くなってしまっているけど、初めての場所だと緊張するから。ね、フクちゃん。もうすぐ、ばあちゃん来るからね』
『にゃあー』

フクスケさんは、よく鳴く。前にチサトさんの保護猫施設から紹介してもらった『カフェオレ色のかぎしっぽちゃん』だ。今では、すっかり文房具屋さんの人気者だ。鳴き声が『いらっしゃいませ』と言っているようだ。

フクスケさんが来てからはマサヨさんのおばあちゃんも少しずつ元気になってきて、施設からマサヨさんの家に外泊したりもできるようになった。これもきっと『かぎしっぽ効果』ね。そして、きょうはそのおばあちゃん、モモヨさんの100歳のお誕生日会をこの店でやることに。

栞ちゃん、何か手伝えることある?』
『いいわよ、ミユキさんもいるし。フクスケさんと座って待ってて』
マサヨさんもお店の人なので、じっとしているよりは動いていたいのよね。

外で、車が止まる音がする。マサヨさんが出迎える。おばあちゃんが施設のスタッフさんの押す車椅子に乗って入ってくる。
『ようこそ、いらっしゃいませ。きょうはお誕生日おめでとうございます』
おばあちゃんはにこやかに
『お世話さまでございます』
と挨拶をしてくれた。


おばあちゃんに真ん中に座っていただいて、隣に施設のスタッフのナツミさん。反対側の隣にはマサヨさん。フクスケさんはおばあちゃんの膝の上。カフェオレ色のかぎしっぽをゆらゆらとさせている。他には近所の書道教室の生徒さんたちや商店街の皆さんがお祝いに駆けつけた。

アベルがカラン、コロンと鳴り、大きなピンク色のバラの花束を抱えたタケオさんが入って来た。
ナツミさんは目をハートマークにしている。
『先生、遅い、遅い!』
と、酒屋さんのお父さん。
『すみません、遅くなりました。このお花は商店街の皆さんからのお気持ちです。僕が代表して、お届けにうかがいました』
『よっ、タケちゃん。かっこいいよ』
これは八百屋さんのお父さん。

『モモヨさん、100歳おめでとうございます。これからも、ずっと、ずっとお元気でいらしてください。心を込めて100本のバラの花を』
お客さんたちは皆、口々に『おめでとう』『お元気にね』など言っている。

おばあちゃんは
『ありがとうございます、ありがとうございます』と何度もお辞儀をしている。マサヨさんは小さなタオルで、そっと目元を押さえる。

カラン、コロンとまたドアベルが鳴る。ランドセルを背負った小学生の男の子が3人で入って来て
『おばあちゃん、100歳おめでとうございます』と寄せ書きを渡している。モモヨさんの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。皺がたくさんの手で色紙を受け取る。そして、男の子たちの手を握って
『どうもありがとう。あなたたちも元気に、お友達と仲良くね』
と言葉をかけていた。男の子たちは少し、照れくさそうにしている。

マサヨさんが男の子たちにも料理をすすめる。『この、お芋のサラダのサンドイッチも美味しいよ。食べてごらん』
お芋のサラダはモモヨさんが、よく晩ごはんに作ってくれたという話を聞いていた。モモヨさんも美味しそうに食べてくれている。

ナツミさんが言う。
『フクスケちゃんと会ってから、モモヨさん、どんどん元気になってきているんですよ。たくさん笑うようになりましたし』
やっぱり、猫ちゃんには不思議な癒しの力があるのかもしれないわ。

カウンターの後ろに座っているフクスケさんを発見。ランチメニューのお味噌汁用の煮干しをあげてみる。フクスケさんは美味しそうに煮干しを食べている。おかわり、いかがですか?
『にゃあー』
どんどん、お食べー。

栞ちゃん
振り向くと、後ろにはタケオさんが。
『もしかして、フクスケくんをこの店にスカウトしようとしてる?』
タケオさん、痛いところを。
ミユキさんも隣で
『確かにうちは猫グッズだらけだけど、看板猫は禁止よぉー』 
と、笑っている。

わかってるわよ。フクスケさんがあまりに可愛らしいから、つい。だけど、モモヨさんの元気のもとを奪ったりなんて、そんな阿漕な真似は出来ないわ。私の葛藤を知る由もないフクスケさんは、煮干しを平らげると、さっさとモモヨさんのところに戻っていった。マサヨさんは涼しい顔でコーヒーを飲んでいた。