ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サトルさんとモンブラン 12

ひと月に1回、俳句の雑誌を買うついでに立ち寄ってくれるお客さんがいる。俳句の世界ではもう秋だという。そして、アイスココアを飲みながら秋の句を捻ろうとしている。 『いや、こう暑いと秋の句もそう簡単には浮かばないものだね』 『長年、俳句に親しまれていても、そういうものですか?』 『まあ、人によりけりだと思うけどね。俺なんかは想像力が乏しいからさ、今は目の前のアイスココアが美味いよ』   ガラガラと引き戸が鳴る。雷様は夏の季語か。 『お疲れー。サトルちゃん、ホット』 『やあ、ブリジットさん』 『あ、こんにちは。暑いですね。俳句の世界では秋だというのに』 ヨシコまでが『俳句』のことを持ち出すぐらい、このお客さんの俳句好きは近所で有名だった。たまに新聞の俳句コーナーに入選することもあるようだ。そのことを特に意識する様子は全くない。能ある鷹、とはこういう人のことを言うのかもしれない。 『サトルちゃんのところ、アイスココアなんてあったんだね』 空いたグラスを片付けていると、ヨシコが言う。おまえは万年『ホット』だけどな。と言いつつ俺もコーヒーはホットがいい。夏向けに、少し軽めのブレンドの試作品を作ったけど、満足のできるものができないまま、秋だ。 『そうだ、後でおかかのと、穴子のと2個ずつ頼むよ』 『了解。タツオくんと研究会?』 『ああ』 『サトルちゃんって、子どもの時からおむすびはおかかが定番よね』 『なんとかの一つ覚え、か?』 『あら、このブリジット、お客様にそんなことは申し上げませんわよ。だけど、タツオくんの穴子好きも、伯父さま譲りだっていうじゃない? ほんと、大好きなのよね。お元気かしらね』 『この前、電話したら元気そうだったよ』 『あら、ぬけがけしたわね』 と、伯父さんファンのヨシコは言う。 ヨシコの店は、夜も忙しい。だから、俺がおにぎりを受け取りに。『オマケ』に浅漬けと煮玉子を付けてくれた。 引き戸がカラカラと鳴って、タツオが入ってきた。 『おう、お疲れ』 『どーもでーす。サトルさん、花火ブレンド、できました?』 『いや、少し変えてみたけど、どうも納得できない。そっちはどうだ?』 『俺もまだ、納得できないですねぇ』 タツオと俺は『研究会』という名のもとに、月に2回程度、ケーキとブレンドコーヒーの新作を見せ合っている。 『今回は、何だかアイデアが浮かばなくて、クリタロウサブレです』 タツオが持ってきたのは猫だと言われてみると、そう見えなくもない形の大きな焼き菓子だった。 『モンブランのペーストを練り込んでみたんですけどね、マドカに怒られましたよ。クリタロウはもっとかわいいって』 マドカちゃん、怒るポイントが違うような。 食べてみると、味は決してまずくはない。だけど、新商品としては弱い気がする。 『まあ、おにぎりでも食おう。ヨシコがオマケを付けてくれた』 タツオは好物の穴子のおにぎりを食べて、少しは気を取り直したようだ。 『ヨシコさんの穴子、伯父さんのとちょっと似ている気がするんですよー。ふっくらしてて』 ヨシコが聞いたら、どんな顔をするだろうか。 意外と俳句のお客さんみたいに、さらりとかわすかもしれないな。