サトルさんとモンブラン 9
最近、朝一番のお客さんはタツオの伯父さんであることが多い。
『店長も、飲んでくださいよ』
と、言ってくださるので2人でコーヒーを飲みながら語り合うようになった。
伯父さんは普段のペースを変えさせたくないという理由で、この町に来ていることをタツオたちには知らせていない。そのことを聞いたヨシコが劇団時代に使っていたかつらとつけ髭を持ってきた。ふざけているのか? と思ったけど、そうでもないらしい。
伯父さんも
『私は髭を伸ばしたことは1度もありませんから、これだと気づかれないでしょうね。うちの若い者にも、髭は剃るように言っていますよ』
と、ヨシコの案を採用した。少し、面白がっているようでもある。
『そうだ、タツオくんのマドレーヌがあるんですが、いかがですか?』
ここ数日、一緒にコーヒーを飲んでいて思うのだが、伯父さんは料理人だけあって食べ方がとても丁寧だ。
『いいお皿ですね』
『この店のオーナーが応援している若手の作家の作品なんですよ。洋菓子にも合うような気がして』
伯父さんはマドレーヌを暫く眺めてから、ひとくち食べて
『味醂を使っていますね』
と言った。タツオが子どもの頃、伯父さんの店の厨房で遊んでいて味醂の美味しさを発見したのだと言っていたことを話すと、少し顔をほころばせて
『そうですか。そんなことを言っていましたか』と言った。
引き戸がガラガラと鳴る。ヨシコの休憩時間だ。
『サトルちゃん、ホット。あと、トーストも』
『おう』
『それから、後でモンブラン5個とポットのコーヒー届けて』
『幼稚園ママさんたちか?』
『夏休みのイベントの打ち合わせだって。マドカちゃんも手伝うみたい』
『マドカちゃん来るなら、伯父さんと顔を合わせることにならないか?』
伯父さんは朝はここでコーヒーを飲み、昼はヨシコの店に顔を出していた。
『伯父さまには、時間を知らせたから大丈夫。それに、あの髭とかつら意外と効果あるわね。パッと見ただけだとわからないもの』
『伯父さんも、ちょっと面白がっているよな』
『お茶目さんよね。だけどタツオくん、伯父さまに会いたいだろうな』
『伯父さんだって、そうだろ? だけど、タツオたちのことを気遣うっていう大人の愛だよな。かっこいいよ。タツオが大好きになるの、よくわかるよ』
ヨシコはトーストにジャムをのせながら
『大人の愛ねぇ…』
とつぶやいた。
タツオが午後のぶんのケーキを届けに来てくれた。
『見てくださいよサトルさん、新作ですよ。我ながら、いい出来だと思うんだけどな。和菓子の水無月を参考にしたんですよー。伯父の店でも毎年、水無月を使うんですよねー』
楽しそうに伯父さんの話をしているタツオを見ていたら、俺は伯父さんが来ていることをつい、言いたくなってしまう。だけど、そういうわけにもいかないよな。
『サトルさん、どうしたんですか? ぼんやりして。ひょっとして、俺のケーキに見とれちゃってますぅ?』
この少しお調子者っぽいところが、タツオのかわいいところだ。
『ああ、そうだそうだ』
タツオの新作を眺めながら、俺はどうしたら伯父さんがタツオと会う気になってくれるだろうか、と考えていた。