ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

栞さんのボンボニエール 17

ミユキさんの予想どおりに、マリコさんは九州からさつまいもを大量に買ってきた。そのおかげでこのところ、私の食卓には毎日ふかし芋が登場している。私、お菓子以外にさつまいもを使うお料理って知らなかったんだわ。 八百屋さんのお父さんに聞いてみた。 『うちだと、カレーに使うよね。あと、昆布と一緒に煮たり。えびのすり身をのせて揚げたのも、たまに食べるね』 えびのすり身、美味しそうだわ。八百屋さんのお母さん、お料理が上手なのよね。ランチタイムのメニューにも、いいかもしれない。 お父さんは、内緒話のような声で 『俺は大学いもとか、きんとんが食べたいんだけどさ、母さんが太るから、だめだって作ってくれないんだよ』 と言った。お父さん、競馬の次に甘い物が好きだものね。お会計の後、ボンボニエールからアーモンドチョコをひとつかみお渡しした。大学いもではないけどね。そして、お料理のヒントをいただいたことへの感謝も込めて。 カラン、コロンとドアベルが鳴って顔を見せたのはケイタくんだ。また、授業をサボってきたのね。カウンターに座ると、帆布のバッグから生のままのさつまいもを出して私に見せた。 『マリコ母さんが、くれた。これ、どうやって食べたら一番おいしいかしらねって』 何だか入社試験みたい、と私は思った。 『マリコさんにあの話、してみたの?』 ケイタくんは将来はマリコさんの会社で、喫茶店の店長をしたいのだという考えを、私に打ち明けてくれたことがある。 『いや、それがさ、いざとなるとなかなか言い出せなくて、まだなんだよ』 『ミユキさんにも?』 『ミユキ先生にも話してないよ。だから、このことは栞さんしか知らないんだ』 私は自分がこの店で働き始めた頃のことを、思い出した。 『ケイタくんも感じてると思うけど、マリコさんって時々、人の心を見透かすようなことをするわよね』 『勘のいい人だと思うことは、しょっちゅうあるよね』 『私がこの店をまかされるときもね、そうだったの』 『その話、聞きたいな』 『じゃあ、コーヒー淹れようか。サトルさんの栗の町ブレンド、さつまいもにも合うわよね』 ケイタくんはさつまいもをまだ、しっかりと握りしめていた。 『私、以前はね、ファミリーレストランの企画の仕事をしてたの』 『メニューを考えたり、とか?』 『そうなの。体によくて、美味しいものを考えるのが楽しかったわ』 『今の栞さんのランチメニューの原点だね』 そう言ってもらえると、嬉しい。ボンボニエールから、アーモンドチョコをケイタくんにも。 『この店は家の近所だから、仕事のあと、コーヒーを飲みに寄るのが日課だったの』 マリコさんのコーヒーは、1日頑張った自分へのご褒美だった。 『入社以来、体にもよいものを条件にしてきたんだけど、人事異動で空気が変わったの。お客さんの健康よりも、儲けを優先させようとする人がトップになってしまって』 『そんな会社、俺だったら嫌だな』 『そうでしょ? それで転職を考えていたら、マリコさんが、うちで働いてみないかって声をかけてくれたの。私、何も言っていないのに、不思議だったわ』 『じゃあ、俺の気持ちも気づかれている?』 『かもしれないわ。マリコさん、お芋くれる時に他に何か言ってなかった?』 ケイタくんはお芋をじっと見つめながら、考えていた。 『そう言えば、俺のばあちゃんのことを色々聞かれたかも』 ああ、なるほど。マリコさんが老人ホームのことをあれこれ調べていた理由は、ケイタくん絡みかもしれないわ。ケイタくん、おばあちゃん子だから。マリコさんは、ケイタくんのために『23店舗目』の計画を進めている。私はそう感じた。 『さつまいも、どうやって食べたら一番おいしいかしらね?』 『栞さん、一緒に考えてよ』 『いいわよ。その前に栗の町ブレンドのおかわりはいかが?』 『ありがとう』 未来の同僚のために、心を込めておかわりのコーヒーを淹れよう。私はミユキさんがいつも言う『マリコのマは巻き込むのマ』という言葉を楽しい気持ちで思い出した。