ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ティピカちゃんねる 12

皆様、ごきげんよう。ティピカです。常連さんのイネコさんが『ケータイ』を片手にクロワッサンを食べながら、ジュンコにぼやいています。 『ねえ、ママ。動画にいただいたコメントにお返事しようとしてるんだけど、送信できないのよ。わかる?』 ジュンコはイネコさんのケータイを覗き込みます。相変わらず、細かい文字が見えにくいようです。素直に老眼鏡をかけるといいでしょう。 『ネコちゃん、動画なんて作ってたのね。この返信のボタンを押すといいんじゃない?』 『押しても、送れないのよ。おかしいわ。ケータイ、古くなってきたからかしら?』 イネコさんの機械オンチぶりが、うかがえる一言ですね。 私もジュンコの横から覗いてみました。 『ティピカさん、わかるの? まさかね』 と、イネコさんは笑います。おやおや、失礼ですねぇ。『ニャー』 『あ、ごめんごめん。馬鹿にしたわけじゃないのよ』 イネコさんは珍しく、私の頭をなでます。そうですか、わかりましたよ。『ニャー』 『ネコちゃんの動画って、どんな内容なの? 見てもいい?』 イネコさんはクロワッサンをかじって、カフェオレをひとくち飲んで 『照れくさいから、後で見て。それから、ララさんにだけは、内緒にしておいてね』 イネコさんは同じくこの店の常連さんであるルリコさんのことを『おばあちゃん』ではなく『ララさん』と呼んでいます。ケータイ君はずっと駄々をこねています。イネコさんは、カフェオレとクロワッサンをおかわりして暫くの間、ケータイ君と格闘していました。 『あ、これね。ネコちゃんの動画』 ジュンコがタブレットで動画を見つけました。それはナマケモノの着ぐるみが、トイピアノを弾きながら歌っている動画でした。着ぐるみで顔は見えません。そして普段の話し声とは違いますが、紛れもなくイネコさんの声です。耳がよい私たち猫には、ちゃんとわかるのです。意外な一面を見ましたね。私たちは暫く動画を見ていましたが、午後のお客様たちがいらしたので、タブレットは一時おあずけになりました。続きはまた後で見ることにしましょう。 午後の空いている時間帯を目がけて、ルリコさんがコーヒーを飲みに来ます。いつもは文庫本を読みながら、コーヒーとマドレーヌを楽しむルリコさんなのですが、きょうは意外なことを言い出しました。 『ねえ、ジュンコさん。タブレットある?』 ジュンコがタブレットを手渡すと、ルリコさんは何かを探し始めました。 『あった、あった。これ、最近よく見る動画なのよ』 そこには、トイピアノに向かうナマケモノの姿が。ジュンコと顔を見合わせます。イネコさーん、ナマケモノ動画は『ララさん』にしっかり見られていますよー。 『この子ね、ピアノを一生懸命弾こうとすると、歌の音程がはずれるの。そして、ちゃんと歌おうとすると、ピアノを弾き間違えるの』 確かに、さっき見た動画でもそうでしたよ。 『だけどね』 と、ルリコさんは続けます。 『何だか応援したくなっちゃうのよ。このナマケモノちゃん』 ジュンコが頬をゆるめています。私も『流石、おばあちゃん。いつのまにか、孫の活動をちゃんと見つけてしまうのだから』と思いました。でも、ナマケモノの正体がイネコさんだということは、まだ気づかれていないみたいですね。私もジュンコも秘密は守りますよ。 イネコさんの少し調子はずれの、一生懸命な歌を聞きながら、私はちょっとだけ寝ることにしましょう。