ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ティピカちゃんねる 6

皆様、ごきげんよう。ティピカです。いつもはコーヒー1杯飲むと、すぐに開店準備に向かうお蕎麦屋さんの奥さんなのですが、きょうはのんびりとしています。

『ジュンちゃん、朝からお手数をかけて悪いけど、フレンチトースト注文しちゃっていいかしら?』

『やだ、おばさん。お手数だなんて。何でも好きなものを食べて』

『あら、嬉しい。じゃあ、深煎りモカももう1杯』

 

常連さんのイネコさんが、雑誌から目を上げて

『おばさん、めずらしいわね。お店、お休みなの?』

と、たずねます。

 

『それがね、きのうから、うちの人に弟子にしてくれ、っていう人が来ていて。よく気がつく人なのよ。だから、私はこうしてゆっくりさせてもらえるの』

 

お父さんにお弟子さん! どんな人なのでしょうか。気になりますね。思わず、奥さんのお膝に前足がのります。

『ティピちゃんも、びっくりしたでしょ? そうなのよ。おじさんがね、ひと様にお蕎麦をおしえるのよ』

私はお父さんの腕前は、この町で一番だと思っていますよ。だけど、今どき住み込みのお弟子さんとは。

 

『どんな人? 後でお蕎麦、食べに行ったら会えるよね』

イネコさんがめずらしく、興味を示します。

『うちの人の昔のバイク仲間の知り合いらしいわ。まだ若い人なんだけど』

確かお父さんはバイクでこの町に遊びに来て、お蕎麦屋さんの一人娘だった奥さんと運命的な出会いをした、と聞いたことがありますよ。

 

ジュンコがフレンチトーストと2杯目のコーヒーを持ってきました。

『ごゆっくり、召し上がってね』

私も、ジュンコと同じ気持ちです。いつもお客さんのために、自分の食事を後まわしにしてしまう奥さん、たまにはゆったり朝ごはんを味わってくださいね。

 

ゆったり、とは言っても長年の習慣はすぐには変わらないものなのか、フレンチトーストを食べてしまうと奥さんは、またお店の方に。その方が落ち着くのかもしれませんね。前に奥さんは『うちの人はじっとしていられない』と言っていましたが、お2人は仲良しの似たもの夫婦なんですね。

 

対照的なのがイネコさんで、毎朝、雑誌や本を読みながら、コーヒーを何杯もおかわりしてジュンコとお喋りをしていきます。2人とも、この店がオープンして以来のたいせつな常連さんです。

 

カラン、コロンとドアベルが鳴って、見慣れない男の人が入ってきました。ジュンコとイネコさんが目で会話をしています。

『もしかして、おじさんのお弟子さん?』

違いますよ。だって、お蕎麦の匂いがしませんからね。多分、旅行中の人ですよ。

 

男の人はコーヒーを注文すると

『この辺においしいお蕎麦屋さんがあると聞きましたが、どちらですか』

と言いました。ジュンコが奥さんのお店の場所を説明します。男の人は、あちこちのお蕎麦を食べ歩くのが趣味だそうです。

 

男の人が店を出て行くと、イネコさんが『違ったわね』

と言います。ジュンコがイネコさんに聞きます。

『ネコちゃん、ずいぶんとお弟子さんのことが気になるのね?』

『だって、おいしいお店にはずっと続いて欲しいから』

 

イネコさんが子どもの頃に大好きだったケーキ屋さんが、後継ぎがいなくて閉店してしまって淋しい思いをしたそうです。だから、もうそんなことはあって欲しくない、と思っているそうです。

 

『ママのお店ができるまで、私、ケーキはとなりの町まで買いに行っていたわ』

いや、ずいぶんな褒め言葉をもらいましたね。ジュンコは少し、意外そうです。でも、自分のケーキがイネコさんにとって、たいせつなものであることは嬉しいようです。私もジュンコが褒められると嬉しいです。だけど、少し照れくさいですね。私はちょっとだけ寝ることにしましょう。