ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サトルさんとモンブラン 13

この店のオーナーのマリコさんが『喫茶店でコーヒーを飲みながら、万年筆で手紙を書く人口を増やしたい』と言ったことがきっかけで、うちでも店の奥にライティングデスクを置き、オリジナルのレターセットやインクを販売している。俺も若い頃に買い集めた万年筆があるので、それをお客さんに貸し出すことにした。この一角で『恋文』が綴られ、今、まさに『デート』の最中だ。 カラカラ、と引き戸が鳴ってタツオが入ってくる。 『サトルさん、お疲れさまでーす。モンブランの追加分、持ってきましたー』 『おう、お疲れ。ありがとう。悪いけど、手が離せないから冷蔵庫にしまってくれないか?』 『了解でーす。そのコーヒー淹れたら、次、俺にも何か飲ませてくださいよ』 『何だ、暇なのか?』 『暇とはひどいなー。マドカが休憩してきていいわよって言ってくれたんですよー』 『マドカちゃんの機嫌、治ったんだな?』 『クリタロウのおかげなんですよ。あいつは、やっぱりかわいいやつなんですよねー』 夏バテでややスランプ気味だったタツオの試作品『クリタロウサブレ』の形がマドカちゃんの機嫌を大いに損ねた。『クリタロウはもっとかわいい。それに、我らが愛猫クリタロウの名前を軽々しく使うとは何事か』ということらしく、それ以来、タツオの晩ごはんのおかずは煮干し1本だったそうだ。横ではマドカちゃんとクリタロウが旬の鮭やさんまを美味しそうに食べている。うちもそうだが、奥さんたちはごはんで旦那に抗議するものなのだろうか。 クリタロウははじめのうちは美味しそうに『ごちそう』を堪能していたが、タツオのしょんぼりした様子に気づくと自分のキャットフードをタツオの前にひと粒置いた。そして、タツオの足元にスリスリすると、マドカちゃんをじっと見上げて『ニャーン』と訴えかけたという。それを見たマドカちゃんが『そうよね、クリタロウ。ママが間違っていたわ』と機嫌を直してくれたのだとか。クリタロウ、よくやった。 『栗の町ブレンドと、あと玉子サンドも食べようかなー』 タツオは魚好きだから、いつもはツナとかサーモンのサンドイッチを食べることが多い。 『おまえが玉子なんて、めずらしいな』 『マドカが今夜はタッくんの好きな鮭のフライだよって。だから、今は玉子なんですよ』 と、目尻を下げておっしゃった。はいはい、ごちそうさま。 店の奥のデート中のお2人さんのテーブルから大きな声が聞こえてきた。 『サトルちゃん、ホット、おかわり』 続いてもっと元気な声で 『サトルちゃん、ぶどうジュース、おかわり』 こっちも負けないぐらいに大きな声で 『はい、ただいまお持ちしますよ』 と答える。 コーヒーとぶどうジュースを持って、テーブル席へ。仲睦まじく座っているのは、ヨシコと近所の幼稚園に通うユウトくんだ。今朝、仕込みの後ヨシコがコーヒーを飲みにきて言った。 『お客さんから、ラブレター貰っちゃった。今日の午後、ここでデートだから、よろしくね』 俺は驚いて、コーヒーで舌をやけどしそうになった。 ユウトくんはつい数日前、おばあちゃんと一緒に来た。おばあちゃんが俺にそっと『この子がラブレターを書くと言うんです』と耳打ちした。なので万年筆を貸して、レターセットも用意した。てっきり同じ幼稚園の女の子にでも書くのだと思っていた。 ユウトくんは、にこにことヨシコを見つめて 『いつもおいしいおむすびを作ってくれるブリママは、ぼくのおひめさまだよ』 と言っている。 ヨシコも 『ありがとう。ユウトくんも王子さまみたいにかっこいいよ』 と答えている。 玉子サンドをほおばっているタツオに聞いてみた。 『おまえ、マドカちゃんにぼくのお姫さまって言えるか?』 『それはー、ちょっと、ねぇ? サトルさんは奥さんに言えるんですかー?』 『言えるわけないだろ!』 『ですよねー?』 『ユウトくんが言うとサマになるけどな』 『なんですか、また駄洒落ですかー?』 『いいだろ? 駄洒落好きなんだよ、俺は』 タツオはにやにやして、また玉子サンドにかじりついた。