栞さんのボンボニエール 21
最近、ミユキさんが夜の伝票整理を手伝ってくれることが多かったから、ついそのペースでいたら、遅くなってしまったわ。きょうは八百屋さんのお父さんがいつもに増してご機嫌で、立派な巨峰を持ってきてくれた。競馬で勝ったんだって。
『栞ちゃん、この幸せを栞ちゃんにもさ、うちで1番美味い巨峰、食べてくれよ』
と、こういう日に限ってミユキさんが休みだ。私も立派な巨峰という幸せをミユキさんと味わいたかったんだけどな。
カラン、コロンとドアベルが鳴って、そっと顔を覗かせたのはタケオさんだ。
『栞ちゃん、こんばんは。おじゃましても、いいかな? さっき、生徒さんに素敵な飴をいただいたんだよ。ボンボニエールさんの仲間に、と思って』
と、きれいな包み紙を開けて、半分くれた。
『わあ、猫ちゃんの絵が素敵ね。あら、葡萄の味なのね』
朝からぶどうに縁のある日だわ。
『それからね、よかったらこれ、付き合ってくれないかな?』
そう言って、タケオさんはケーキの箱を開けた。
『教室の後で、ケーキが食べたくなってね。ひとつだけ買うのが恥ずかしくて3個買ったんだよ』
箱の中にはぶどうのタルトがお行儀よく3つ並んでいた。また、ぶどう! 秋なのね。
『美味しそう。今、コーヒー淹れるわね』
『いつも思うけど、そのボンボニエール、本当にきれいだよね』
『子どもの頃に、40年ぐらい前よね。祖母からもらったの。外国のお土産なの。どこの国かは忘れちゃったけどね』
『その頃のものって、日本のものも、丁寧に作りこまれている気がするよ。デザインは今の方が洗練されているのかもしれないけどね』
『そうね、私も思うわ。このケーキのお皿もね、マリコさんが40年ぐらい前に旅行先で見つけたものなんですって』
『マリコ母さんも、よく見つけてくるよね。猫の柄のものばかり』
『ふふふ。そのマリコさんの猫ちゃん探知能力のおかげで、この店があるのよね』
『それもそうだね』
猫ちゃんグッズに囲まれながら、ぶどうのタルトをいただく。朝、お父さんがくれた巨峰を気にしながら。巨峰を見ると、子どもの頃、祖母の家にいた猫ちゃんを思い出す。黒くて、丸いしっぽだった。兄と『あの大きいぶどうみたいなしっぽだね』と言っていた。食いしん坊の私たちは、猫ちゃんのしっぽまで食べ物にたとえていたんだわ。
兄のピアノは上達しただろうか。音符を好物のぶどうだと思って練習したら、上手く弾けるようになるかもしれないわよ、とこんなアドバイスをしてみようかな、と思う。