サワコさんがタブレットで、動画を見せてくれる。
『このあいだヨシコが脚本を書いた女優さん、次の舞台のチケットの売れ行きがいいみたいよ』
ヨシコの脚本では着ぐるみを着ていた女優さんが、今度は時代劇の町娘のような着物を着て、かぼちゃを抱えている。
『本当に同じ人ですか? 着ぐるみのときと全く印象が違いますね』
『でしょ? ヨシコも驚いていたわ』
『次の舞台の脚本も、ヨシコが書くんですか?』
『たまにインターネット動画用の脚本だけは書くらしいわ。だって本業はおむすび屋の方ですもの』
サワコさんはそう言って、トラジャが半分になったカップに手を伸ばす。
『俺、今回ヨシコの先輩はヨシコの興味をまた演劇に向けさせようとして、脚本を依頼したんじゃないか、って思ってました』
サワコさんは少しだけ、間を置いて
『どうなのかしらね』
と答えた。そして
『今回はサトルちゃんが貸してくれたモンブランの万年筆のおかげで、何とか書き上げられたって、言っていたわよ』
と付け加えた。ヨシコは俺にはそういうことは一言も言ったことがない。
サワコさんはいつも『小銭がない』と言って、自分のコーヒー代を一万円札で払う。そして必ず『お釣りはヨシコのコーヒー代の足しにして』と言う。
引き戸がガラガラと鳴って、ヨシコが入ってくる。
『サトルちゃん、ホット。姉さんが来てくれたから休憩できるわ』
そう言って、さっきまでサワコさんが座っていた椅子に座る。姉妹、なんだよな。
『ねえ、サトルちゃん。私の先輩のところの女優さんの動画、見た?』
『ああ、着ぐるみの』
『そう。私に似てた?』
似てるか、と聞かれると似ていないこともない。だけど、ヨシコはヨシコだし。言葉を探してみても、簡単には見つからない。
『先輩がね、やたら私たちが似てる、って言うのよ』
先輩の言葉をどう捉えていいものか、という印象のようだ。俺は演劇のことはよくわからないけど『誰かに似ている』というのは役者にとっては、ほめ言葉にはならないのではないか、という気がしなくもない。だから、ヨシコも俺に聞くのだろう。先輩が敢えて、そこにこだわるのには何か理由があるのかもしれない。
『俺は、おまえのナマケモノの役が1番面白いと思ったよ』
と、我ながら間の抜けた返事をした。ヨシコは
『そう、ありがとうね』
と答えた。
雑誌をぱらぱらと捲って、マグカップのコーヒーをぐいっと飲む。そして、伸びをする。ざっくばらんに振る舞ってはいるが、劇団時代にだって、自分の演技が舞台全体にどんな影響があるかをしっかりと練っていた筈だ。
引き戸がカラカラと鳴って、俺たちと同年代の強面が入ってきた。
『いらっしゃいませ』
強面はカウンターのヨシコを見つけると
『おう、ブリジット来てたのか』
と言って隣に座って、ココアを注文した。
2人の話しぶりからすると『先輩』というのは、どうやらこの人のようだ。タブレットでヨシコに動画を見せている。ヨシコは俺が貸したモンブランの万年筆で、メモを取っている。次の脚本の打ち合わせだ。
先輩はココアを飲みながら、こんな話を始めた。
『チャコの親が2人とも、おまえのファンだったんだよ。おまえの舞台は全部見たと言っていたぜ』
チャコ、ヨシコに似ているという女優のことだな。
『おまえが劇団にいた時期は、チャコが生まれる前で、その後はずっと芝居は観に行っていないのに、いきなり舞台女優になりたいと言って驚かれたらしいよ。そして、どこから探してきたのか、おまえの舞台のビデオを全部、見たらしい』
ヨシコは先輩の言葉を黙って聞いていた。
先輩が2人の『女優』を似ている、と言った背景には、そんなことがあったのか。
自分でも、気づかずに親の影響を受けていることはあるのかもしれない。今回の話はそんなことを思い出させた。女優だった頃のヨシコの個性が不足しているというわけではなさそうで、安心した。そして、先輩がヨシコを演劇の世界に戻そうとしているというのも、俺の思い違いのようだ。単に『うちの新人が、親子揃っておまえのファンだということがわかったよ』という話だったんだ。
ヨシコの方をちらりと見る。先輩の真意がわかって安心したのは、俺だけではないようだ。ヨシコはいつもの調子になって言った。
『サトルちゃん、ホット、おかわり』
先輩も続けて言う。
『俺も、ホットココア、おかわり』
『はい、かしこまりました』
強面の人に甘党が多いような気がするのは、俺だけではないだろう。