ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サトルさんとモンブラン 18

世間さまはもう、休暇になっている。幼稚園だって、冬休みだ。普段うちに来てくれるようなママさんたちやカルチャーセンターの生徒さんたちはこんなときにコーヒーを飲みに来たりはしない。だけど、何となく店を開けている。息子が幼い頃は『お父さんのお仕事、お休みだと楽しいな』などと言っていたが、もうそんな年頃ではない。泊まりがけで友だちとスキーに行っている。

 

ヨシコやタツオの店も、休みだろう。あいつらは働きすぎだ。たまにはゆっくりしろよ。まあ、俺も似たようなものか。きょうは自分のためにゆっくりコーヒーを淹れて飲もう。久しぶりに手動式のミルで豆を挽こうか。カップは…いつものマグカップじゃなく、有田の金襴手のがどこかにあった筈だな。

 

閑かさの中、引き戸がガラガラと鳴った。ヨシコ?

『サトルちゃん、休みじゃなかったのー?』

『なんだ、おまえこそ』

『うちに居て、炬燵でテレビなんて見てるのも性に合わないしさ。お客さん来なくても、店の方がいいなって思って。新しいメニュー考えたりとかさ。そうだ、数の子、食べる?』

ヨシコは俺の返事を待たずに出て行った。

 

5分もしないで、また引き戸がガラガラと鳴った。手には丼を持っていた。大雑把に盛りつけた数の子の上にはおかかがふわりとのっている。

『お、美味いな』

『でしょ? 義兄さんがくれたのよ』

サワコさんの旦那さんは大きな会社の部長で交友関係が広い。この数の子もお歳暮用に、水産会社の社長からたくさん買ったらしい。

 

引き戸がカラカラと鳴る。

『サトルさーん、休みじゃなかったんですねー? ヨシコさんもー』

『そういうタツオくんこそ』

『いやー、うちにはクリタロウがいるから、旅行でもないし。厨房に立たないと何だか調子出ないんですよねー』

タツオよ、おまえもか!

『丸太のケーキ、作って来たんですよー。クリスマスに作ったら、楽しくって。これは、モンブランのペーストを使っているんですよー』

『あら、美味しそうじゃない。サトルちゃん、ホット』

『俺にもください』

 

タツオくん、この数の子も美味しいよ』

『わー、俺、好物なんですよー』

『しかし、おかしな組み合わせだな』

『まあ、それぞれが美味しいんだからいいじゃないのよ』

タツオのケーキは、やっぱり美味い。厨房に立たないと調子が出ないって、つくづく職人気質なんだよな。

 

『手動式のミルで挽くと、いつもより、やさしい味になるような気がしますねー』

『ほんとだ』

『俺の愛がこもっているからな』

『えーっ? ちょっと待ってよ。サトルちゃんの愛ー?』

ヨシコがマグカップの中を覗く。

『なんだよー。文句あるのか?』

『まあまあ』

 

なんだかんだ言って、俺たちにとっては仕事も趣味の一部なのかもしれないな。だから、この2人といると心地がよいぞ。なんて言ったら、ヨシコはまた『えーっ?』と言うだろう。