世間さまはもう、休暇になっている。幼稚園だって、冬休みだ。普段うちに来てくれるようなママさんたちやカルチャーセンターの生徒さんたちはこんなときにコーヒーを飲みに来たりはしない。だけど、何となく店を開けている。息子が幼い頃は『お父さんのお仕事、お休みだと楽しいな』などと言っていたが、もうそんな年頃ではない。泊まりがけで友だちとスキーに行っている。
ヨシコやタツオの店も、休みだろう。あいつらは働きすぎだ。たまにはゆっくりしろよ。まあ、俺も似たようなものか。きょうは自分のためにゆっくりコーヒーを淹れて飲もう。久しぶりに手動式のミルで豆を挽こうか。カップは…いつものマグカップじゃなく、有田の金襴手のがどこかにあった筈だな。
閑かさの中、引き戸がガラガラと鳴った。ヨシコ?
『サトルちゃん、休みじゃなかったのー?』
『なんだ、おまえこそ』
『うちに居て、炬燵でテレビなんて見てるのも性に合わないしさ。お客さん来なくても、店の方がいいなって思って。新しいメニュー考えたりとかさ。そうだ、数の子、食べる?』
ヨシコは俺の返事を待たずに出て行った。
5分もしないで、また引き戸がガラガラと鳴った。手には丼を持っていた。大雑把に盛りつけた数の子の上にはおかかがふわりとのっている。
『お、美味いな』
『でしょ? 義兄さんがくれたのよ』
サワコさんの旦那さんは大きな会社の部長で交友関係が広い。この数の子もお歳暮用に、水産会社の社長からたくさん買ったらしい。
引き戸がカラカラと鳴る。
『サトルさーん、休みじゃなかったんですねー? ヨシコさんもー』
『そういうタツオくんこそ』
『いやー、うちにはクリタロウがいるから、旅行でもないし。厨房に立たないと何だか調子出ないんですよねー』
タツオよ、おまえもか!
『丸太のケーキ、作って来たんですよー。クリスマスに作ったら、楽しくって。これは、モンブランのペーストを使っているんですよー』
『あら、美味しそうじゃない。サトルちゃん、ホット』
『俺にもください』
『わー、俺、好物なんですよー』
『しかし、おかしな組み合わせだな』
『まあ、それぞれが美味しいんだからいいじゃないのよ』
タツオのケーキは、やっぱり美味い。厨房に立たないと調子が出ないって、つくづく職人気質なんだよな。
『手動式のミルで挽くと、いつもより、やさしい味になるような気がしますねー』
『ほんとだ』
『俺の愛がこもっているからな』
『えーっ? ちょっと待ってよ。サトルちゃんの愛ー?』
ヨシコがマグカップの中を覗く。
『なんだよー。文句あるのか?』
『まあまあ』
なんだかんだ言って、俺たちにとっては仕事も趣味の一部なのかもしれないな。だから、この2人といると心地がよいぞ。なんて言ったら、ヨシコはまた『えーっ?』と言うだろう。