いつも朝にコーヒーを飲みに来てくれている八百屋さんのお父さんが
『きょうは冬至だろ? うちのかぼちゃのいとこ煮、よかったら食べてみてよ』
と、タッパーに入れて届けてくれた。八百屋さんのお母さん、お料理上手なのよね。開けてみると、かぼちゃの皮に葉っぱに見立てた模様をつけて栗が添えられたいとこ煮が、たっぷりと。
『美味しそう。さすが、お母さん。いそがしい筈なのに、手が込んでいて』
私は『冬至かぼちゃ』と言っているけど、お父さんのところでは『いとこ煮』と言うのね。響きが優しいような気がするわ。
『お母さんのにはかなわないと思うけど、私も冬至かぼちゃ、煮たのよ。時間があったら、食べてみて』
丸くなった猫ちゃんの絵がついた小鉢に竹のスプーンを添える。
『栞ちゃん、このあんこ、美味いね。トーストにも合いそうだね』
甘党のお父さんは目を細める。私のあんこはおばあちゃんの直伝だ。小豆を煮るときに昆布を入れる。気に入ってもらえてよかったわ。お客さんたちが風邪をひかないように、冬至の日のランチセットには冬至かぼちゃをつけようと、今月のはじめに計画を立てていた。
素敵ないとこ煮を作ってくれたお母さんへのおみやげに、ボンボニエールからホワイトチョコをひとつかみ、マサヨさんの文房具屋さんから買った猫ちゃん柄のギフトバッグに入れて、お父さんに手渡す。私の育ったところでは、冬至に小豆とかぼちゃを食べる人がほとんどだけれど、地域によってはうどんを食べるところもあるそうだ。他には人参、銀杏、金柑や蓮根というところもあるんだとお父さんが教えてくれた。だから、いつもより多めに仕入れたそうだ。
ランチを注文してくれたお客さんが
- 『僕の出身地では、冬至に寒天を食べましたよ』
- と言っていた。一緒に来ていた女性は
- 『私の地元は小豆のお粥だったわよ』
- と言った。
- その土地それぞれで面白いわね。
伝票を整理しながら、八百屋さんのお母さん特製のいとこ煮をいただく。黒糖を使っているのね。味に深みがある。うちでもすっかりおなじみになった『サトルさんの栗の町ブレンド』を淹れる。いとこ煮とも相性がいいみたい。
カラン、コロンとドアベルが鳴ってマサヨさんが顔を覗かせる。
『栞ちゃん、おつかれさま。おじゃましてもいい?』
『大歓迎よ』
マサヨさんはスーパーのレジ袋から蓋付きの丸いプラスチック製の器を取り出した。
『隣のおじさんの作った冬至かぼちゃ、一緒に食べようと思って持ってきたの』
マサヨさんのお隣はお菓子屋さんだ。マサヨさんのお父さんの同級生がやっている昭和時代の雰囲気が残っているお店だ。
『この白玉がね、絶品なの』
器の中には丁寧に皮を取ったかぼちゃと、あんこと白玉がきちんと盛りつけてあって、その上に青梅がトッピングされていた。お菓子屋さんのおじさんは八百屋さんのお父さんの競馬ともだちで、とっても気さくな人だ。だけど、この間の『栗かのこ』といい、お仕事は繊細だ。
『夜中から仕込みを始めて、おばさんと2人で200セット作ったんだって。頭が下がるわ』
『心していただかないと、ね』
マサヨさんはカウンターの上の『いとこ煮』に気付いて
『被っちゃったのね』
と自分の頭に軽くこぶしをあてた。
『被りついでに、私の作った冬至かぼちゃもどう? 冬至かぼちゃパーティーにしましょうよ。コーヒーも淹れるから』
マサヨさんがほっとしたように笑ってうなづく。
『八百屋さんのお母さん、器用ね。かぼちゃが葉っぱにかたどられている』
『この白玉、ぷるぷるで本当に絶品ね』
『栞ちゃんのあんこ、やさしい味がするわね』
小豆とかぼちゃを煮たお料理、三人三様。なんだか、ほっこりとした気持ちになった。マサヨさんが言う。
『ここ暫く、ちょっと風邪気味だったんだけど、冬至かぼちゃ食べたら治っちゃった気がするわ。やっぱり、昔からの知恵ってすごいのかもね』
昔からの知恵、私もメニューを考えるときはなるべく伝統食を意識しようと心掛けていた。おばあちゃんがよく『冬は黒いものを食べるといいのよ』と言っていた。そうだ、ひじきごはんもランチメニューの候補にしておこう。