皆様、ごきげんよう。ティピカです。店の中には常連さんのルリコさんだけ。そんなときはジュンコもカウンターの中の椅子に座ってコーヒーを飲みながら、ルリコさんとお喋りをすることになっています。
カラン、コロンとドアベルが鳴って冷たい風と一緒に、着物姿の青年が店に入ってきました。着物の上にはあたたかそうな着物用コートを羽織っています。私が尊敬する漱石先生の『吾輩は猫である』の世界から、ふらりと現れたような格好ですね。ジュンコが『いらっしゃいませ』と立ち上がろうとすると
『ああ、姉さん、どうぞそのままで』
と言って、ルリコさんの隣の席に座りました。
そしてメニューを見て
『粉雪が降ってきそうな寒さですなぁ。ハワイコナを頂きましょう』
と言って『ははは』と笑いました。あなたも駄洒落がお好きなんですか。『ニャー』
ハワイコナにコニャックはおつけしますか? と、ちょっと無理がありましたね。ジュンコが私の駄洒落に呆れたような目を向けてきました。ルリコさんはにやりとしています。
『おや、これは見事な。天角地眼一黒陸頭耳小歯違』
『ニャー』
ルリコさんが通訳をしてくれます。
『私は牛ではありませんよ、って言ってますよ』
『恐れ入ります』
ジュンコがハワイコナを淹れながら
『牛ほめの噺ですか?』
と言う。
『はい。僕、大学では落語研究会に所属しています。次のイベントのネタで、蕎麦を食べるところがあるんです』
『それで、蕎麦が特産のこの町に来たということね』
『姉さん達、話が早いですね。この猫くんまで落語がわかるなんて、嬉しいですね』
そう言って、ジョッキのビールを飲むようにコーヒーをぐいと飲むと
『ハワイコナでお腹がいっぱいだ。腹ごなしに、そばを駆けてこないとならないな』
おっと、くしゃみが出ましたよ。失礼しました。
『猫師匠、いまの洒落はいけませんでしたか?』
『ニャーニャー』
今度はルリコさんは通訳はしませんでした。私、いつの間にか『師匠』と呼ばれてしまっていますよ。人怖じも猫怖じもしない青年ですねえ。その心は与太郎から学んだものなのでしょうか。
青年はルリコさんとジュンコに、この辺のおすすめのお蕎麦屋さんをたずねています。この辺のお蕎麦はみんな美味しいですよ。つゆの味は私にはわかりませんけどね。粉雪が降りそうなぐらいに寒くなってきましたので、ジュンコの足元にある電気ストーブくんの傍へ。私はちょっとだけ寝ることにしましょう。