カラカラと引き戸が鳴って、顔を覗かせたのはショウジさんだ。毎月、近所の本屋で俳句の雑誌を買うついでに立ち寄ってくれている。
『いらっしゃいませ。新聞、見ましたよ』
ショウジさんの俳句はときどき新聞にも、載る。
『ありがとうございます。モンブランと栗の町ブレンドをください』
そう言ってカウンター席に座る。
『さっき、本屋で栗農家の奥さんとお会いしたら食べたくなりましたよ』
と笑う。そして、買って来たばかりの雑誌を開く。新しい雑誌の匂いが俺の鼻にも届く。コーヒーの次の次ぐらいに好きな匂いだ。
ガラガラと引き戸が鳴る。ヨシコの休憩時間か。
『ああー、寒い! サトルちゃん、ホット。あとホットサンドも』
『なんだ、ここまで来るのに100歩もかからないだろ? 大袈裟だな』
『風、冷たかったわよ。サトルちゃんは寒くないの?』
『俺には心強い味方があるからな』
『どういうこと?』
『腹巻、あったかくて、いいぞ』
雑誌を読んでいたショウジさんが顔を上げる。
『そうですよね。腹巻、いいですよ。私も年中しています』
『あら、ショウジさんも? だから、いつも薄着でお洒落なんですね』
確かにショウジさんは同年代の人よりも薄着だ。そして、姿勢がいい。
ヨシコはショウジさんの雑誌に視線を移して聞いた。
『腹巻って、今頃の俳句にも登場しそうですね』
『意外に思われるかもしれませんが、腹巻は夏の季語なんですよ』
『え、夏なんですか? 寒さ対策になるから冬のものだと思っていました』
『私も最初は疑問でしたが、昔は夏にも寝冷えをしないように使われていた、という話で納得できましたよ』
『俺たちより上の世代の人はお腹を大事にしていましたよね。よく、婆さんからお腹を冷やすな、と言われてましたよ』
ヨシコが
『今はホットサンドでお腹をあたためるわ』
と言って、ホットサンドに齧りついた。ショウジさんはモンブランをフォークで端から丁寧に食べている。その様子を見ていると、新聞に載った句も何度も何度も推敲されたのだろうな、と容易に想像がつく。
『栗の町ブレンドのおかわりをください』
ショウジさんが雑誌を捲る手を止めて、言った。ヨシコが空いたホットサンドの皿を俺に寄こした。その様子を見てショウジさんは何かを思いついたらしく、胸ポケットからモンブランの万年筆と小さなノートを出してメモしている。
『ブリジットさんのおかげで、一句できそうですよ』
達人とはヨシコを見ていても、俳句が詠めるものなのか! また朝刊の俳壇を楽しみにしていよう。