ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ティピカちゃんねる 25

皆様、ごきげんよう。ティピカです。常連さんのルリコさんが店に入ってきて誰かを探すように視線をさまよわせています。

『ニャー』ルリコさん、どうしましたか?

『そのうちわかるわよ。ティピカ』

そう言って、いつもの席に座ります。

『ジュンコさん、注文は少し待ってくれる?』

ルリコさんの隣の椅子に登って、顔を覗き込みます。ほんのりと、嬉しそうですよ。

 

カラン、コロンとドアベルが鳴って、ルリコさんの目がそちらに。

『ルリコ先輩、こんにちはー』

おや、アサミさん! 遠いところをようこそいらっしゃいました。椅子から降りて、歓迎のスリスリを。

『早かったわね』

と、ルリコさん。お2人は待ち合わせでしたか。

『ママ、ティピカさん。おじゃましまーす』

 

ルリコさんがリビングやキッチンに飾る小さな絵をアサミさんに依頼してからというもの、2人はすっかり仲良しになったようで、よく手紙のやりとりなんかをしているそうです。ルリコさんの隣に座ったアサミさんのお膝の上へ。きょうも爪の模様が素敵ですね。

『アサミちゃん、何にする?』

『私、ママのプラムのケーキが大好きなの。前にティピカさんが勧めてくれたのよね』

マドレーヌが定番のルリコさんも、きょうはアサミさんと同じものにしました。

 

 

『あら、初めて食べるけど、これ美味しいわね。さすが、ティピカのお勧めだわ』

『コーヒーもすごくおいしい。大人の味、って感じがするなぁ』

アサミさんはいつも紅茶でしたものね。ほめ言葉には滅多に反応しないジュンコなのですが、アサミさんの無邪気な『すごくおいしい』だけはどうにも嬉しいようで、かすかに照れ笑いを浮かべています。

 

 

『そう、4月から短大生なの? 美大?』

『いえ、私、幼稚園の先生になりたくて』

『絵は描き続けるんでしょ? 私、アサミちゃんの絵、大好きだもの。このあいだの絵も毎日ながめているわよ』

『ルリコ先輩、素敵な額を作ってくれてどうもありがとう。何だか自分の絵じゃないみたいに立派に見えたわ』

ルリコさんは、アサミさんの絵を飾るために額を注文したのだと、この前言っていましたね。うとうとしながらも、私はちゃんと聞いていましたよ。

 

アサミさんは幼稚園で、子どもたちと一緒に絵を描きたいのだそうです。子どもたちに囲まれて、顔に絵の具をつけてしまっているアサミさんの姿が目に浮かぶようですね。ジュンコが何か思い出したようにカウンターの後ろの休憩室に入っていきました。そして、大きなファイルを持ってきてアサミさんに差し出します。

『アサミちゃん、これね、店にきてくれた子どもさんたちが描いたティピカなの。よかったら、見てみて』

『わー、こんなにたくさん。ティピカさん、モテモテだね』

『ニャーン』いえいえ、そんな。モテモテだなんて。

 

 

『みんな、上手に描けているねぇ。この子はおひげの1本、1本まで丁寧に見てる』

『あら、これはお腹がピンク色に塗られているのね』

ルリコさんも一緒に覗いて言います。

『ティピカちゃんが寒かったら、かわいそうだから、私とお揃いのセーターを着せてあげたの、と言っていたわ』

『やさしいね』

『それにしても、ジュンコさん、ずいぶん集まったじゃない』

『おかげさまでね。いつか店の中で展覧会ができたらいいな、なんて思っているのよ』

『わー、ママそれ私、絶対観に来たいですー』

『じゃあ、アサミちゃんの夏休みに合わせたらいいかしらね』

 

 

どういうわけか子どもさんたちはよく、このオジサン猫の絵を描いてくれるのです。なので、アサミさんの夏休みまでにはもう少し増えているかもしれませんね。ありがたいことではあるのでしょうけれど『猫ちゃん、動いちゃだめ』はまだしも、アイドルの応援うちわのように『ピースして』と言われたこともありました。モデルになるのもなかなか大変なのですよ。体力をたくわえるために私はちょっとだけ寝ることにしましょう。