女性というのは、いくつになっても『カワイイ』ものが好きなのだろうか。この店のオーナーのマリコさんに『知人の陶芸作品を店に展示して欲しい』と言われて、1週間ほど試みた。まるで絵本に登場しそうなお城の住人が使うのか、というぐらい繊細で砂糖菓子みたいな食器が、このオジサンがカウンターでコーヒーを淹れている喫茶店の一角に集まった。
最初に注目したのはヨシコの姉のサワコさんだった。あの落ち着いて楚々とした大人の女性が、やや声の調子を上げて見入っているのには驚いた。そして、もっと意外だったのは、その作品を作ったのが今、俺の目の前でコーヒーを飲んでいるこの人だということだ。
『マリコさんが栗の町ブレンドと、モンブランは最強のコンビよ、と言ってましたが、本当ですね』
サワコさんをはじめ、何人もの女性を魅了した食器を制作したミツルさんは展示会以来、この町によく顔を見せるようになっていた。小柄な体に男物のセーターを着て、髪を無造作に後ろで束ねている。化粧は全くしていない。少年だと言われたら、そう信じてしまいそうな雰囲気をもっている。我ながら想像力が貧困だと思うが、あの砂糖菓子のような食器を見たときには大きなリボンを頭に着けている睫毛の長い作家の顔が勝手に浮かんできたのだ。
『おかげさまで、こちらの展示会を観たという方からたくさんお問い合わせをいただくようになったんですよ』
それは、何よりだ。俺が知るだけでも、常連のカリグラフィー教室の生徒さんとサワコさんが注文していた。そして、それをうちで預かることになっている。他にはマドカちゃんだ。マドカちゃんなどはあっという間にファンになったようで、クリタロウ動画にゲスト出演して欲しい、と依頼した程だ。猫と食器、どんな動画になるのだろう。そう言えば『猫の皿』という噺があったよな。
猫と言うと、マリコさんだ。マリコさんが目に留めた作品がきっかけで、仕事の幅が広がったという職人やアーティストは結構いるようだ。この店以外でも、そんな話を頻繁に聞く。詳しくは知らないが、マリコさんの親族にはものづくりの職人が多かったらしい。だから、よい手仕事を見いだす目が自然と育っているのかもしれない。このミツルさんとは、喫茶店で相席になったのがきっかけで知り合ったそうだ。たまたま陶芸をしている話をしたら、興味を示して連絡先を交換したのだという。
『私には姉が2人いて、男の子が欲しかった父が私を男の子のように育てようとしたんです。だけど、やっぱり私の中にもレースやリボンに憧れる気持ちがあったんですよね。マリコさんはそこを汲み取ってくれたんです』
ミツルさんはモンブランを口に運びながら、そんな話をした。その手つきは繊細なリボンを扱うようだった。
ガラガラと引き戸が鳴る。
『あー、お腹空いた。サトルちゃん、ホット。それから、ホットサンド』
さっきまでのミツルさんの静けさとは打って変わってヨシコの大声が。
『ねぇ、サトルちゃん。姉さんが注文したレースみたいな食器、もう届いた?』
『いや、もう少しかかりそうだぜ』
『ふーん、そうか。届いたら、私が預かってあげる。サトルちゃんなら壊しかねないもんね』
おい、お前が言うのかよ? と思ったけど、ミツルさんの静けさの余韻を壊したくないから黙っていることにしよう。