ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

サトルさんとモンブラン 4

タツオの店は今、いそがしいだろうか。ケーキのおかわりをしないと、午後からのお客さんのぶんが足りないな。と思っていると、ヨシコがガラガラと引き戸を鳴らして入ってきた。 『サトルちゃん、ホット。あと、何かケーキ食べたい』 『ちょっと待ってろ。今…

栞さんのボンボニエール 12

最近、ケイタくんはミユキさんが休みのときでも、よく来るようになった。『マリコさんの会社で働きたいと思っている』ということはまだ言っていないみたい。だから私もそのことについては、マリコさんやミユキさんには何も話していない。そこは本人同士の話…

ティピカちゃんねる 7

皆様、ごきげんよう。ティピカです。常連さんのルリコさんが、こんなことをぼやきます。 『最近、テレビの人の名前が思いだせないのよ。ほら、あのドラマの妹の役の、なんて言ってるのよ』 おやおや、背筋がピンとしたルリコさんともあろうお方が。私は猫背…

サトルさんとモンブラン 3

ヨシコが遅めの昼ごはんのために、入って来た。 『サトルちゃん、ホット。あと、チーズトースト』 遅めであっても、昼ごはんを食べに来られる日は、まだいい。商売繁盛は何よりだけれども。 コーヒーをひとくち飲んで、伸びをする。そして、チーズトーストに…

栞さんのボンボニエール 11

ドアベルがカラン、コロンと鳴って高校生ぐらいの男の子の姿が。学校サボってきたのかしら? 私もよく、やったわね。タカコとユリと一緒に。 男の子はめずらしそうに、店の中を見回している。右を向いても猫ちゃん、左を向いても猫ちゃん。猫ちゃんグッズだ…

ティピカちゃんねる 6

皆様、ごきげんよう。ティピカです。いつもはコーヒー1杯飲むと、すぐに開店準備に向かうお蕎麦屋さんの奥さんなのですが、きょうはのんびりとしています。 『ジュンちゃん、朝からお手数をかけて悪いけど、フレンチトースト注文しちゃっていいかしら?』 …

サトルさんとモンブラン 2

ガラガラ、と音を立てて引き戸が開いてヨシコが入って来る。『おむすび屋ブリジット』のエプロンは着けたままだ。 『サトルちゃん、ホット』 『おう、きょうは遅いな』 『おかげさまで、繁盛しているんですよ。旦那』 と、冗談めかして言う。 『さっきまで、…

栞さんのボンボニエール 10

カウンターの上には、三毛ちゃんがずらりと。丸くなって寝ている子、伸びをしている子、お行儀よく座っている子、毛づくろいをしている子、まだまだ他にも。 『栞ちゃん、お手数をおかけしてごめんなさい。探すの大変だったでしょう?』 『いいえ、全然。た…

ティピカちゃんねる 5

皆様、ごきげんよう。ティピカです。朝一番のお客様たちのあと、ランチタイムのお客様がいらっしゃるまでに、ちょっとした間が空くことがあります。そんな時はジュンコは椅子に腰かけて、小さな本を読みます。私はジュンコの膝の上で、その様子を眺めるのが…

サトルさんとモンブラン 1

最近、うちのオリジナルの『栗の町ブレンド』の売上が伸びてきている。ありがたいことなのだけど、グラフのここだけが盛り上がっていて、妙な気持ちだ。他の豆はいつもと変わらないのに。 この店のオーナーのマリコさんの娘であるミユキさんも要因になってい…

ケイタくん 4

マリコ母さんが、コーヒーのおかわりを注ぎにきた。『ごゆるりブレンド』は長居したいお客さんへのサービスで、マグカップに3杯までおかわりできた。3杯まで、というのはお客さんの胃をいたわってのことらしい。ミユキ先生が言っていた。 今、俺たちが『ご…

ケイタくん 3

ピエールさんが『丸くなってる猫』みたいだ、と言ったシュークリームは少し固めに仕上げたカスタードクリームがどっしりと入っていて、生地はしっとりとしていた。 ばあちゃんの家の近所で、おじさんとおばさんが2人でやっているパン屋さんのシュークリーム…

ケイタくん 2

キョウコが大きなマグカップを両手で包むようにして、持ちながら言う。 『このお豆、家にもあるんだけど、自分で淹れたらママのと全然ちがう味になっちゃうのよね』 『そりゃあ、母さんはプロだもの。仕方ないよ』 とヒロキ。 『そうなんだけど、なんていう…

ケイタくん 1

きょうは授業でクッキーを作った。 『たいせつな人にプレゼントしたい』をテーマにレシピを考えてこい、というのが課題だった。 俺が作ったのは、かぼちゃのぜんざいをイメージしたやわらかいクッキーだ。 ばあちゃん子の俺は、ずっと、和風のおやつで育って…

栞さんのボンボニエール 9

ランチタイムの後、ちょっと一息。午後のお客さんが来るまで座ってコーヒーを。ジャムの空き瓶に100円玉を入れて『栗の町ブレンド』を挽く。これはメニューには載せていない。会ったことはないけれど、マリコさんのお店の店長をしているサトルさん特製のブレ…

サワコさん 4

雑誌の広告のページに、目が留まる。テレビでもよく見かけるこの女優さんは、家にも何度か遊びに来たことがある。華がある看板女優さんで、劇団時代はヨシコと一番親しくしていた。 ヨシコが劇団を辞めたのは、この女優さんとの意見の食い違いからだった。野…

サワコさん 3

ヨシコと私はミユキさんとは、コマーシャル動画の撮影のときを含めてまだ2回しかお会いしたことがない。 だけど、ヨシコとミユキさんはお互いを『心の友』と呼び合う。わずかな言葉のやりとりだけでも、相性がわかることってあるものなのね。初めて会った日…

サワコさん 2

カルチャースクールの生徒さんらしき2人連れの女性がまた何組か、続けて入って来た。 そのうちの1組みが最近、お店の奥の方に置くようになった木製のライティングデスクの方に寄って行った。 『これじゃない? ブリママが動画でコマーシャルしてた手紙セッ…

サワコさん 1

サトルちゃんがカウンターから出て、私の前に葡萄の柄のポットと温めたお揃いのカップを置いた。そして、ステンレス製の綺麗なお皿に載せたマドレーヌも。 『タツオの自信作ですよ。食べてみてください』 サトルちゃんは、横浜からこの町に移住してきたパテ…

ティピカちゃんねる 4

皆様、ごきげんよう。ティピカです。常連さんのイネコさんが持ってきた1冊の本が、意外な役割を演じることになりました。 『ママ、見て。この写真集、父が買ってきたの。父は私が猫好きだから、ネコちゃんって呼ばれているって勘違いしているのよね』 私の…

ユウキさん 4

ヨシコはサトルが注いだブランデーを美味しそうに飲みながら、言った。 『ねぇねぇ、私、コマーシャルに出演することになったのよ』 飲みかけていたブランデーが、喉にささったような気がして、咳き込む。コマーシャルだって? ヨシコは俺の様子を見て 『ふ…

ユウキさん 3

物心がついた頃にはもう、サトルとヨシコは俺と行動を共にしていた。長年連れ添った夫婦がよく、お互いを『空気のような存在だ』と言うけれど、妻よりも長い付き合いな訳だ。サトルと2人、閉店後の喫茶店でカウンターを挟んで何も話さずに、コーヒーを片手…

ユウキさん 2

引き戸がカラカラと音を立てる。ケーキ屋のタツオだ。 『サトルさん、こんばんはー。うちの店から明かりが見えたから、まだ居るかな、と思って来ちゃいましたぁ。あ、ユウキさんも一緒なんですね。お邪魔しまーす』 『おう、どうした? まあ、座れよ。何か飲…

ユウキさん 1

サトルが表に出しているボードを片付けに、店から出てきた。ちょうどいい。 『おう、お疲れ。一緒にどうだ?』 出来たてのおにぎりが入った紙袋を差し出す。 『ヨシコのおにぎりか。中身は何だ?』 『たらこと昆布と、栗ごはんもあるぞ』 『まあ、寄っていけ…

栞さんのボンボニエール 8

ミユキさんはカウンターにずらりと並んだ箱を眺めて、溜息をついた。 『それにしても、この数は尋常じゃないわよね。よく、猫絡みのものをこれだけ集めたものだわ』 閉店時間後、食器を夏らしいものから、秋に似合うものに変更することに。この秋に使うお皿…

トモヨさん 4

お店の奥の方を見て、お兄ちゃんが小さな声で言う。『マリコさんが思っているのは、ああいう人かな?』その視線を辿ると女の人がひとり、老舗のものらしい万年筆を手に、ときどき微笑みを浮かべながら便箋に何かを綴っている。私たちは少しの間、その様子を…

トモヨさん 3

ミユキさんが『乙女』と評したこのお店の小ぶりな玉子サンドでは、お兄ちゃんのお腹は満たされていないようだ。視線に気付いたスタッフさんがオーダーを取りに来てくれた。フリルのついたエプロンが、とても似合っている人だな。 『ゴルゴンゾーラのホットサ…

トモヨさん 2

ミユキさんがお兄ちゃんの前に、3枚の名刺サイズの茶色いカードを並べる。 『手品でも始めるの?』 『違うわよ。トモノリさん、この3色の見分けがつけられる?』 『3色? みんな同じ色だよね?』 お兄ちゃんにとっての色の数は、小学校のときの24色の色鉛…

トモヨさん 1

今のマンションに住み始めてから、10年近くが経つけれど、側にこんなお店があったとは知らなかった。サンドイッチが美味しい喫茶店、コーヒーは自家焙煎だって。ミユキさんがお兄ちゃんに言う。 『まさか、トモノリさんにこんな乙女なお店に案内してもらえる…

ティピカちゃんねる 3

皆様、ごきげんよう。ティピカです。今頃の時期になると、人間たちは『夏休み』といってほんの数週間のあいだ仕事や学校から離れるようです。どうも、人間たちは私たち猫のようにゆったりとくつろぐことが上手ではないように思えてなりません。せめて『夏休…