ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ユウキさん 2

引き戸がカラカラと音を立てる。ケーキ屋のタツオだ。

『サトルさん、こんばんはー。うちの店から明かりが見えたから、まだ居るかな、と思って来ちゃいましたぁ。あ、ユウキさんも一緒なんですね。お邪魔しまーす』

『おう、どうした? まあ、座れよ。何か飲むだろう?』

タツオはサトルの店のデザートを担当している。『店から明かりが見える』ほど近所なので、いつも午前、午後に1回ずつケーキを届けにやってくる。

 

『あ、嬉しいな。じゃあ、栗の町ブレンドをください』

『コーヒー俺にも。タツオ、こんな時間まで店にいるのか?』

『いつもではないですよ。きょうは親戚がさつまいもを送ってくれたので、ちょっと試作品を』

 

タツオは手に提げてきたケーキの箱をそっと、開けた。そこには、黄色のモンブランが行儀よく3つ並んでいた。俺は思わず苦笑する。栗の町ブレンドの入ったマグカップを両手に、サトルが覗き込んで言う。

『俺たちの年代には、やっぱりこっちの方がモンブランなんだよな。そうだろ? ユウちゃん』

『そうだけど、俺、この黄色いモンブランにはちょっと、苦い思い出があるんだよ』

 

中学1年の学校祭のことだ。俺たちのクラスは喫茶店をやることになった。苺のショートケーキ、黄色いモンブラン、チョコレートケーキのどれかと飲み物のセットをだした。そこに、蝶ネクタイに半ズボンの幼稚園ぐらいの男の子が500円玉を握りしめて

『栗のケーキをください』

と、買いにきた。

 

女子たちが皆、黄色い声で

『かわいいーっ!』

と言うものだから、俺たちもモンブランを『栗のケーキ』と言えば、女子にモテモテになるのではないか? と、大きな勘違いをした。そこで俺とクラスの男子5人ほどは、女子たちの気を引こうと

『栗のケーキをくださぁい!』

と、声色や目線をさまざまに変えながら、アピールし続けた。サトルはそんな俺たちの姿を不思議そうに見ていた。

 

『しょうもないなぁ、ユウキさん。それで、モテモテになれたんですか?』

タツオはサトルが用意した皿に『栗のケーキ』を載せながら、ニヤニヤして聞いてきた。

『いや、全く相手にしてもらえなかった』

『でしょうねぇ』

『ああ、それでユウちゃんたち、やたらと栗のケーキを連呼していたんだ。今、初めてわかったよ』

と、サトル。

『まあ、ケーキに罪はないから、ユウキさんも食べてみてくださいよ。結構、いい出来だと思うんですけどね』

 

まずは、てっぺんの栗から。ほっこりと美味い。コーヒーもひとくち。俺の学校祭のときの思い出のように、ほろ苦い。

『美味いな、栗のケーキ』

『それは、よかった。ユウキさんの苦い思い出も甘くなるといいですね』

『ひとこと多いぜ』

『スミマセン』

タツオはまた、ニヤニヤしている。

 

サトルは俺とタツオのやり取りを、親父のような目で眺めている。同級生たちのほとんどが離れて行ったこの町に『何か』を見いだして、移り住んでいる若い世代に対しては、サトルも俺も感謝の気持ちが少なからずあった。タツオはこの町の栗の品質の良さに惹かれて、ここを拠点にした1人だ。

 

『このおだやかな甘さが、いいな。砂糖だけの甘さじゃないだろう?』

『さすが、サトルさん。わかってくれましたね。これ、味醂も使ってるんですよ』

『なるほど味醂か、味醂とは面白いな。どうして、また?』

『俺の伯父さんが和食の料理人なんです。ガキのときに伯父さんの仕事場によく遊びに行っていて、それで味醂の美味さを覚えたんですよ。これは和食だけにしか使わないのは勿体ないぞ、と思って』

『うちにも味醂の入っているやつ、頼むよ』

『了解です』

 

サトルはふと、何かを思い出したらしく、カウンターの抽斗を探り出した。

『勿体ない、で思い出したんだけど、タツオこれ使わないか?』

そう言って、タツオの前にクッキーの型をたくさん並べた。

猫、花、ハート…野菜の抜き型も混じっている。松、竹、梅、桜に紅葉、まだまだある。栗の形をしたものも。

 

タツオは宝物を見つけた子どものような顔をして

『これで美味いクッキー作って、また持ってきますね』

と嬉しそうに店に戻って行った。

 

タツオが出て行って、一気に平均年齢が高くなった店の中で、俺たちは黙って『栗のケーキ』を食べながらコーヒーを飲んだ。