ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

ユウキさん 1

サトルが表に出しているボードを片付けに、店から出てきた。ちょうどいい。

『おう、お疲れ。一緒にどうだ?』

出来たてのおにぎりが入った紙袋を差し出す。

『ヨシコのおにぎりか。中身は何だ?』

『たらこと昆布と、栗ごはんもあるぞ』

『まあ、寄っていけ。コーヒーを淹れるから』

 

カウンターの席に座る。ネルのドリッパーでコーヒーを淹れているサトルは、カウンター越しに見ると、なかなかだ。格好いいな、と思う。

 

『ミヨコさん、アレか?』

お客さん用とは違う、ごついマグカップのコーヒーを俺の前に置きながらそう聞いてくる。『アレ』というのはアイドルグループのコンサートのことだ。妻はコンサートの度に、応援グッズを背負って他県までも出掛けて行く。ヨシコのおにぎり屋があるから、食事の心配は要らない。

 

『この栗ごはんのおにぎり、やたら大きくないか?』

『ヨシコが鍋に残っていたぶんを全部、まとめて握ったんだよ』

『いかにも、あいつのやりそうなことだな』

 

サトルとヨシコは俺の幼なじみだ。サトルはこの喫茶店の店長で、ヨシコはその隣でおにぎりの店をやっている。お互いの店に出前をし合ったりと、持ちつ持たれつ、うまくやっているようだ。

 

栗の栽培がさかんであるという以外に目立った特徴のないこの町に残っているのは、同級生の中では俺たち3人ぐらいだ。他の多くは『ここよりは都会』と思われる場所に拠点を移してしまった。

 

その一方で、俺たちよりもずっと若い世代が『こういう静かなところで、ゆったりと子どもを育てたい』と段々に移り住んで来ている。ここ数年で、まわりに幼稚園もいくつか増えた。ヨシコのおにぎりは、そんな家族たちからも評判がよかった。

 

ヨシコは小学校の作文に『女優になりたい』と書き、サトルは『小説家になりたい』と書いた。担任の先生が

『サトルくんの小説が、ヨシコさんの主演で映画化されたら、先生必ず観に行きますよ』

と言った。

 

今の2人からは、かけ離れた職業ではある。だけど、頭ごなしに『何を夢みたいなことを』と言わない先生がいてくれて、よかったと俺は思う。先生は小学校を定年退職した後ずっと、近所の幼稚園でボランティアをしている。ときどき、ここにもコーヒーを飲みに来る。

 

この店は元々は、サトルの親父さんの金物屋だった。俺が今飲んでいるコーヒーのマグカップも、その店で売られていたものだという。昭和時代の食器は、若いお客さんの評判がいいらしく、敢えて当時のものも混ぜて揃えたそうだ。