ことのはカフェ

カフェに纏わる由なしごとをそこはかとなく綴ります。

トモヨさん 4

お店の奥の方を見て、お兄ちゃんが小さな声で言う。
マリコさんが思っているのは、ああいう人かな?』
その視線を辿ると女の人がひとり、老舗のものらしい万年筆を手に、ときどき微笑みを浮かべながら便箋に何かを綴っている。私たちは少しの間、その様子をそっと眺めていた。声には出さないけれど、私たち3人の中に『いいね』が飛び交っていた。

 

『あのお客さん、ミユキさんたちのお店にも来るといいですね』
ミユキさんはにこりとした。そして
『そうだわ、すっかり忘れていた』
と言って、小さなリボンの掛かった箱をお兄ちゃんと私の前にそれぞれ置いた。

 

『開けてもいい?』

『どうぞ、どうぞ。2人とも同じものだけど、うちの店で扱っているチョコレートなの。ここもね、今回の企画に参加するのよ』

お兄ちゃんが不器用な手つきで、リボンを解く。
『わぁ、きれいなピンク色。苺のチョコですか?』
『これね、カカオそのものの色なんですよ。ルビーカカオっていう品種らしいわ。この色のインクも作ることになって。トモヨさん、資料用にカカオ豆のデータ、お渡ししてもいいですか?』
『じゃあ、携帯にいただきますね』

 

ミユキさんが私の携帯の待ち受けに目を留めて
『これ、猫、ですか? 面白い絵ですね』
と言った。お兄ちゃんも覗く。
『あ! トモヨ、これ、いつの間に?』

ミユキさんが不思議そうな顔をする。
『これ、お兄ちゃんの絵なんですよ』
ミユキさんはニヤニヤしながら、お兄ちゃんと猫の絵を見比べて
『積み木みたい。だけど、なんとなく味があるわね。トモノリさん、さすが猫好きだわ』と笑う。
『上手くはないんですけどね。なんとなく、気に入っていて待ち受けにしちゃいました。私の仕事仲間は面白がって、この絵でゴム印を作って使っているんですよ』
『おーい、君たち。使用料、もらってないよー』
『いいじゃないの、これぐらい』

 

『トモノリさん、この絵いつ描いたの?』
『小学校高学年の夏休みだったかな。だけど、どうしてトモヨが持っているんだよ?』
『お盆に帰省したとき、見つけたのよ』
『まったく、油断も隙もないな』

 

お兄ちゃんは『やれやれ』という顔をして、ホットサンドを囓る。ミユキさんはクスクス笑って、コロンビアを飲む。このお店のウィンナコーヒーは、クリームが小さなガラスの器に入って、コーヒーに添えられていた。まず、ひと掬いコーヒーに浮かべて、かき混ぜないで飲む。これが私のお気に入りの飲み方だ。このお店、好きだな。サンドイッチもおいしかったし。近所だからまた、ちょこちょこ来よう。