ピエールさんが『丸くなってる猫』みたいだ、と言ったシュークリームは少し固めに仕上げたカスタードクリームがどっしりと入っていて、生地はしっとりとしていた。
ばあちゃんの家の近所で、おじさんとおばさんが2人でやっているパン屋さんのシュークリームに似た素朴な味わいだった。
『シュークリームも、生地とクリームの組み合わせで、とてつもない種類がうまれるわよね』
エマが2個目のシュークリームにかじりつきながら、言う。
最近は、パイ生地のようにパリパリした生地のシュークリームも多いけれど、俺はこの『丸くなってる猫』のシュークリームが好みだ。
うちの学校出身の先輩たちは、自分でお店を持つ人やホテルやレストランに就職する人が多かった。それで、よく試作品をマリコ母さんに見せに来る。このシュークリームもそうだ。母さんの店で評判がよかったものは、たいてい商品化されることになる。母さんには不思議と、そういうセンサーがあった。
『私が初めて食べたシュークリームも、こんな感じだったわ』
と、母さんが言う。
『初めてって、100年前?』
とヒロキがおどける。
キョウコとミサキが窘めるような目をしてヒロキを見た。
母さんは真面目な顔をして
『1000年前よ』
と答えた。
『1000年も続くシュークリームなら、きっと人気商品になるわね』
とエマがまとめた。
この店の近くにはうちの学校の他に、もうひとつグラフィックデザインの学校があった。そこの女の子が3人で入ってくる。
『ママ、そのエプロンかわいい』
『そう? これね、うちの猫がモデルなの。本当に、こんなふうにエプロンのポケットに入るのよ』
マリコ母さんは自分で本のデザインを手掛けたり、陶芸をしたり、絵を描いたりもしている。なので、グラフィックデザイン学校の人たちの中にも、母さんを師匠のように思っている人がいる。
母さんは、3人にもシュークリームを渡す。
『なんか、形がかわいい。寝ている猫みたい。ほら、ここが耳で、ここがしっぽ』
この人たちも、そう思うのか。母さんと関わるうちに感性が似てくるのか、もともと似た感性の人が集まってくるのか。俺はちょっと驚いている。
『駅前のお菓子屋さんの試作品なのよ』
『猫シュー、おいしい! ママのコーヒーにとても、合ってる』
猫シュー、もう名前までつけられている。
『これ、いつもここで食べたいな』
『じゃあ、うちでもお出しできるように頼んでみるわね』
『やったー。じゃあ、メニューのデザインしてあげる』
3人は、あっという間に丸くなってる猫とシュークリームの絵を描き上げた。そして、文字のデザインにかかった。迷いがない。
店の中には、あちこちにそういう学生たちの作品がちりばめられていた。作風はそれぞれに違っていたけれど、どうしてか、雑然とした印象はない。ここに集まるみんなに、何か共通項があるからなのだろうか。俺にはそれが何ものなのかは、まだよくわからない。
ピエールさんなら、何と答えるだろうか。ピエールさんは今ごろ、奥さんとディナーの買い物をしているだろう。奥さんと知り合ったのも、この店だと言っていたことを思い出した。